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追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第2章

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第23話「神罰の模造体 ―黒の兆し―」

 ――北方の空が、再び揺れていた。


 あの夜、勇者カイルの禁呪が暴走してから、まだ二日しか経っていない。

 神の名を掲げた彼らは、己の信仰を試すように“神罰構文”へ手を伸ばし、

 そして、崩壊した。


 その余波は、廃都アルセリアにも届いていた。

 光を取り戻した都市の空気はどこかざらつき、風が吹くたびに金属の匂いが混ざる。

 まるで世界そのものが、神の残したデータを吐き出しているかのようだった。


 勇者に追放されてから――ユウリ・アークライトはすべてを作り直した。

 廃墟と化した神造都市アルセリアを蘇らせ、

 封印された竜人の少女ティアを救い、

 そして堕天した聖女リアナと再び巡り会った。


 神に見捨てられた三人が、今はひとつの拠点を築いている。

 だがその“再生”の光が、神界の残滓を刺激したのだ。

 まるで、誰かが「人の手で神を越えること」を拒んでいるかのように――。


 観測塔では、途切れぬ警告が鳴り続けていた。


《警告:神罰構文の残滓を検出。干渉危険度・中》

《推定発生源:北方戦域跡――“神罰核”活動再開》


 神託端末βの声は、いつもより僅かに低く、どこか怯えているようにも聞こえた。


「……またか」

 ユウリ・アークライトは短く息を吐き、観測盤の光を睨みつけた。

 机の上には、黒い結晶体が鎮座している。

 中心に走る螺旋模様が微かに明滅し、まるで心臓のように脈動していた。

 ティアが尻尾をぴんと立て、結晶を覗き込む。

「ねぇ、ご主人様。これ……まだ動いてるよ?」

「動いてる、というより――止まり損ねてる」

 ユウリは工具を取り出し、結晶の周囲に小型の構文探針を設置する。

「神の作った構文ってのは、“壊れても自己修復をやめない”ようにできてる。つまり、死にたくても死ねない」


 その言葉に、リアナの顔が曇った。

「……それはまるで、祈りそのものですね。

 報われなくても続いてしまう……やめられない信仰の形」


 彼女の瞳が結晶の光を映す。

 その中で、一瞬、淡い幻聴のような声が響いた。


【赦しを……乞え……】


「――っ!」

 リアナは胸に手を当て、息を呑んだ。

 声はすぐに消えたが、その残響は確かに心臓を掴むように残った。


「聞こえたか」

 ユウリの声は静かだが、眼光は鋭い。

「“赦しを乞え”。――神罰構文が生きていた証拠だ。

 祈りのデータを模して、人間の脳を揺さぶるように仕込まれてる」

「……まるで神が、自分を忘れさせないように命じた呪いですね」

「呪い、か。……まぁ“設計ミス”とも言える」


 ユウリが皮肉げに笑ったその瞬間――

 ティアの胸がびくんと震えた。


「ご、ご主人様……なんか……熱い……!」

 彼女の手が無意識に胸元を押さえる。

 次の瞬間、紅い光が弾け、塔の空気が震えた。


《警告:龍核活動量上昇。構文干渉を検出》

「ティア!」

 リアナが駆け寄る。癒しの光が掌から溢れたが、

 その聖光をティアの身体が“弾いた”。


 ユウリが即座に構文を展開する。

《補助改造構文・龍核安定化処理》

 空間に浮かぶ光の輪がティアの周囲を包み、発光が沈静化していく。


「無理に抑えるな。……それは進化の前触れだ」

「進化……?」

 ティアが荒い息の合間に問い返す。

 ユウリは頷いた。

「ああ。――“神の模造”が現れたなら、“本物の龍神”が対になる。

 世界のバランスは、そういう風にできてる」


 ティアの呼吸が落ち着く。

 しかし、彼女の紅の瞳はもう以前とは違っていた。

 瞳孔が縦に細く、まるで炎の奥に金が宿ったような光を放っている。

 額の角には黒金の筋が浮かび、身体の奥で、何かが“覚醒”を待っていた。


《観測:外部構文干渉強度上昇中》

《堕獣波形、北方から接近》


 βの報告に、リアナが顔を上げる。

「また堕獣が……いえ、この波動……違います。もっと、禍々しい……!」


 ユウリの手が止まった。

「……来たな」

 低い声が、塔の中の空気を震わせる。


「β、防衛構文を戦闘モードに。外周を“ドラゴンシールド”に切り替えろ」

《了解……ですが、熱源反応が異常です。神罰級の魔力……》

「リアナ、避難結界を張れ。内部住居区を優先」

「はい……皆を守ります」


 ティアが炎を灯し、歯を食いしばる。

「ご主人様。あれが……来るの?」

「ああ。勇者たちの“禁呪構文”が呼び出したもの――神の模造体だ」


 塔の外で、風が鳴った。

 空が低く唸り、遠くで稲光が閃く。

 黒い霧が地平線を這い、ゆっくりとこちらへ迫ってくる。

 雷ではない。地鳴りに似た振動が、塔の床を微かに揺らした。


 ティアが小さく息を呑む。

 彼女の耳がぴくりと震えた。

 聞こえる――誰かの、叫び声のような祈りのような音。


【赦シヲ……拒ム者ヨ……】


「……神罰構文が、また喋ってる」

 ユウリが呟き、観測盤の光を睨む。

 赤い線が振り切れた。


「β、廃都防衛システム、全権限開放!」

《承認――ユウリ・アークライト、権限最大値で登録》


 塔の外、アルセリアの街に光が走る。

 建物の壁面に古代の構文紋様が浮かび上がり、

 青と紅の光が交差して都市全体を包み込む。


 それはまるで、廃都そのものが覚醒したようだった。


「――ティア、リアナ。準備はいいな」

「はいっ!」

「ええ……ユウリ様」


 遠く、黒い霧の奥から雷鳴が轟いた。

 そして、その影の中心で――

 巨大な何かが、ゆっくりと姿を現した。


 

 夜が、牙を剥く。

 そのとき、ティアの竜核が静かに、確かに脈を打った。

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