第19話「堕獣の群れ、北方より ―光と炎の交錯―」
轟音が夜気を裂いた。
瓦礫の上で炎と瘴気がぶつかり合い、視界のすべてが赤黒く染まる。
アルセリア北門――そこはもう戦場だった。
ティアを抱えたまま、ユウリは片膝をついていた。
吹き飛ばされた衝撃で、彼女の紅角には細い亀裂が走っている。
けれど、その瞳はまだ戦う光を失っていなかった。
「……ご主人様。ボク、まだ……やれるよ」
「焦るな。呼吸を整えろ。勝負はこれからだ」
「うん……でも、あのデカいの……ボク、絶対燃やしたい!」
ティアは息を荒げながらも、尻尾をぱたぱたと揺らした。
ユウリは立ち上がり、地面に剣を突き立てる。
地脈の奥で構文が走り、都市核が呼応するように低く唸った。
《補助リンク開通。ユウリ=アークライト、戦術改造許可――承認》
「よし、来たな」
ユウリの身体に魔力の回路が浮かび、光の脈が全身を走る。
「《戦術改造・近接モード》」
筋肉が硬化し、神経反射が高まる。
呼吸一つが戦闘の律動に変わる。
彼は剣を引き抜き、静かに構えた。
遠く、主堕獣の影が動いた。
その咆哮は空を震わせ、城壁の石を砕く。
燃え盛る口腔の奥から、白炎と黒い瘴気が同時に噴き出す。
「リアナ! 防壁を最大出力に!」
「――《聖域展開》!」
リアナが両腕を広げると、光の輪が三重に広がった。
祈りの言葉ではなく、意志そのものが力へと変わる。
だが次の瞬間、炎が襲いかかる。
聖光が揺らぎ、結界の端が崩れた。
「……ぐっ!」
リアナの肩口が焦げる。
光が弾け、結界が一瞬途切れた。
「リアナ!」
「大丈夫です……わたしは、もう神に守られなくても……!」
彼女は微笑んだ。苦痛の中でも、確かな意志の笑み。
「今は――あなたたちに守られているから」
ティアの耳がぴくりと動いた。
「……リアナ、いいこと言うじゃん」
そして笑みを浮かべる。
「でも! 守られるだけじゃ退屈だよね!」
炎が走った。
ティアが翼を広げ、紅の光が空を照らす。
その姿はまるで、黎明の龍。
「――《龍焔槍・ヴァーミリオンスパイク》!」
炎の槍が堕獣の腕を貫き、黒い血が飛び散る。
だが、獣は止まらない。
咆哮を上げ、ティアの体を薙ぎ払った。
「きゃっ――!」
地面に叩きつけられる音。砂煙。
ユウリが駆け出す。
剣が閃き、堕獣の顎を切り裂く。
「ティア、立て!」
「……だいじょぶ、ボク……褒めてもらうまで倒れない!」
ユウリが息を吐く。
「――そうこなくちゃな」
◇◇◇
主堕獣が咆哮を上げるたび、瘴気が街へと流れ込む。
βの声が頭上で響く。
《警告:結界強度、残り37%。このままでは崩壊します》
「時間稼ぎだ。全員、俺に合わせろ!」
ユウリが左手を地に当て、構文を起動する。
「《都市構文改造:アークコア直結》――防衛制御、戦闘同期モード!」
都市全体の魔力が唸りを上げ、結界が紅蓮色に染まる。
ティアの炎がそれと共鳴し、リアナの光がその外縁を包んだ。
炎と光、そして改造構文――三つの力が重なった瞬間、
街そのものが息を吹き返した。
「ティア、上昇! 炎を収束! リアナ、祈りを一点集中!」
「了解、ご主人様!」
「ユウリ様、信じています!」
空へ舞い上がるティア。
足元でリアナが祈りの光を編み、
ユウリの剣が構文光を帯びて燃え上がる。
主堕獣が吠える。
白炎が、闇が、世界を呑み込もうとした。
ユウリが叫ぶ。
「合わせろ――今だっ!」
三つの力が一点に重なり、閃光が炸裂した。
◇◇◇
――静寂。
轟音の余波が消えたあとに、ただ風と灰の音だけが残った。
焦げた地面からは、まだぬるい蒸気が立ち上っている。
堕獣の巨体は崩れ落ち、黒い殻のような残骸を残して溶けていった。
その中心に、ユウリ、ティア、リアナの三人が立っていた。
ユウリは剣を土に突き立て、呼吸を整える。
肺の奥が焼けるように熱い。
それでも、心の奥は静かだった。
隣でティアが膝をつき、へたり込むように尻尾をぱたりと落とした。
「はぁ……っ、っ……あはは……やった……燃やしたぁ……」
息は荒く、額の紅角には細かい亀裂が走っている。
それでもその顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
リアナが駆け寄り、聖光を滲ませてティアの傷口に触れる。
「ティアさん、もう動かないで……焦げています」
「へへ……でも平気だよ。ほら、こういうの得意だから」
ティアが笑いながら胸を張る。
その無邪気さに、リアナの頬が緩む。
「でも……本当に、嬉しそうです」
「そりゃそうだろ」
ユウリが短く笑う。
「人間も竜も関係ない。“誰かに認められる”ってのは、生きる理由になる」
リアナがその言葉を噛み締めるように、瞳を伏せた。
「……神にではなく、人に認められること。……それが、こんなに温かいなんて」
ユウリは視線を空に向ける。
灰色の雲が少しずつ裂け、東の空から朝の光が滲み出してくる。
その光が焼け焦げた大地を照らし、崩れかけた城壁の石を淡く輝かせた。
白い息を吐きながら、ユウリは剣を鞘に戻す。
「……勝ったのか?」
ティアが呟いた。
声はかすれていたが、どこか子供のような響きがあった。
「勝ったよ」
ユウリは頷く。
そして小さく微笑んだ。
「ただの一戦だ。でも今日だけは、胸を張っていい」
リアナが目を細めて空を仰ぐ。
風が髪をなびかせ、白いローブの裾を揺らした。
「この風……あたたかいですね」
ティアが尻尾で地面を軽く叩いた。
「ボク、またやる! 次はもっと上手くできる!」
「おい、まだ休め」
「えへへ、でもご主人様、ちゃんと見てたでしょ?」
「……ああ、見てた。お前の炎、悪くなかった」
「やったっ!」
ティアが尻尾をぶんぶん振る。
その光景に、リアナもつられて笑う。
戦場の焦げた空気が、少しずつ柔らかく変わっていった。
遠くで、神託端末βの機械音が静かに鳴る。
《戦闘終了を確認。アルセリア防衛システム、損壊率12%……修復プロセス開始》
ユウリはその報告を聞きながら、静かに呟いた。
「……壊すたびに、直せばいい。そうやって、生きていくんだ」
ティアが小さく頷く。
「うん。壊れても、直せる。ご主人様がいる限り」
リアナは目を閉じ、祈るように胸の前で手を合わせた。
その祈りはもう、神へではない。
“この街が、また朝を迎えるように”という、ひとつの願い。
朝日が昇る。
金と橙の光が三人を包み込み、灰色の瓦礫が少しずつ色を取り戻す。
風が吹き抜け、焦げた匂いの中に、土と命の香りが混じり始めた。
廃都アルセリア。
ここはもはや、神の廃墟ではない。
人の意志と笑い声が宿る、生きた街だった。
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