第17話「廃都アルセリア、再生始動」
夜明けの前、森を抜ける風が灰を運んでいった。
かすかに湿った土の匂いの奥で、空の色が少しずつ薄れていく。
遠く、青白い光が点滅していた。
それは夜の星ではない。
――千年前に神々が築き、そして見放した都市。
今はユウリ・アークライトの《コピー&改造》によって再び息づく、廃都アルセリアの心臓だった。
「……帰ってきたな」
ユウリが低く呟く。
剣を下ろしたその手は、戦いの余熱をまだ残していた。
彼の隣でティア・ドラグネアがぱっと顔を上げる。
桃色の髪が朝風に踊り、額の紅角がかすかに光を反射した。
「ご主人様の街っ! ボク、ちゃんと守ったよ!」
「守ったというより……燃やし尽くした、だろ」
ユウリは苦笑し、ティアの頭を軽く小突く。
「うにゃ! だって堕獣の再生、止まんなかったんだもんっ!」
「いい。無事ならそれでいい。あとは修復すれば済む話だ」
「えへへ……じゃあ、また一緒に直そっか」
いつもの調子に戻るティアを見て、リアナ・エルセリアは静かに息を吐いた。
白いローブは焦げと血で汚れていたが、彼女の瞳は不思議と澄んでいた。
「……本当に、あなたの街なのですね」
「いや――“俺たち”の、だ」
ユウリの声は穏やかだった。
だが、その眼の奥に宿る光は確信に近い強さを帯びている。
「神の街じゃない。神が見捨てた残骸を、人がもう一度生きる場所に変える。それが、ここだ」
リアナは一歩踏み出し、崩れた石畳に膝をついた。
手のひらを置くと、微かな震えが伝わる。
魔力が流れている。まるで都市全体が呼吸しているようだった。
「……この地脈、まるで生きているみたい」
「そうだ。呼吸を取り戻したんだ。神の支配から切り離されてな」
その言葉に、リアナの心が少し震えた。
祈りにすがって生きてきた自分とは、まるで正反対の生き方。
けれど――羨ましいと思った。
◇◇◇
街の中心に進むと、崩れた神殿跡の天井の隙間から光が差し込み、
瓦礫の合間に芽吹いた草花が青く輝いていた。
石造りの回廊の中を水が流れ、遠くから小鳥の声が聞こえる。
死んだ都市に、確かに“生”が宿っていた。
「ここが、アルセリアの中枢――アークコアの間だ」
ユウリが一歩進み出る。
その中央に、青い光球が静かに浮かんでいた。
リアナが小さく息をのむ。
「……これは、なんですの?」
「この都市の中枢制御端末。《神託端末β》。俺が再起動した時に、目を覚ました」
ユウリは光球を見つめながら、少し昔を思い出すように目を細めた。
――廃都再起動の日。
《アークコア》の制御盤を改造し、構文を走らせた瞬間、
幾千ものコードが空中に舞い上がった。
その中から、まるで意識が芽生えるように声が生まれた。
『……ユウリ・アークライト。識別完了。あなたは……神ではありませんね?』
『ああ、違う。ただの人間だ』
『ならば、命令ではなく“提案”をください。神命は、もう存在しませんから』
あの時ユウリは、機械の声が確かに“自分の意思で話した”と感じた。
神が残したプログラムではなく、人に寄り添おうとする意志。
それが《神託端末β》――この都市のもう一つの心臓だった。
◇◇◇
現在。
光球が淡く明滅し、無機質な声が再び響いた。
「ティアさん、帰還確認……おかえりなさい。……たぶん」
「ただいまーっ! 端末ちゃーん!」
ティアが飛びつくように駆け寄る。
リアナが驚いたように眉を上げた。
「声……がするのですね」
「都市の意思みたいなもんだ。こいつ、言葉覚えるのがやたら早い」
「初めまして、リアナ・エルセリア。あなたの祈り波長、解析中……あたたかいです」
「……祈り波長?」
リアナが目を瞬かせる。
「ふふ……機械に“あたたかい”と言われるとは思いませんでした」
「定義不能な感覚ですが、好ましい、と思います」
ティアが胸を張った。
「ボクが“心で感じる”って教えたの! えへん!」
「教育係かよ……」ユウリが苦笑する。
けれど、どこか誇らしげでもあった。
◇◇◇
瓦礫を踏みしめながら、三人は奥へ進む。
崩れたアーチの影を抜けるたび、かつての神殿装飾がちらりと顔を出した。
白い壁には古代文字が浮かび、今も淡い光を放っている。
ティアが指でなぞりながら呟く。
「ねぇご主人様、これ、竜族の紋章が混じってるよ」
「ああ。神が模倣して作った“擬似竜語構文”だ。意味はないが、形だけは似せてある」
「そんな……」
リアナが目を伏せる。
「神は、本当に多くを盗んだのですね」
「だから壊す。……いや、“作り直す”。俺たちの手で」
ユウリの言葉に、リアナの胸が震えた。
神への信仰を失った彼女が、今初めて“別の信じ方”を見つけた気がした。
◇◇◇
「報告:防衛構文の修復、完了。北方境界、異常波検知――警戒を推奨」
βの声が響く。
ユウリの視線が鋭くなる。
「……来るか。まだ休ませてもらえねぇな」
ティアが炎を纏い、構えを取る。
「ボク、行けるよ。今度こそ負けない!」
「焦るな。守るべき場所が増えたんだ。壊すのは簡単だが、守るのは難しい」
「……うん。ご主人様の街、絶対守る!」
リアナが二人の間に立ち、そっと微笑む。
「なら、わたしは祈ります。神にではなく――この世界のために」
「祈りと炎、か。悪くない組み合わせだ」
その瞬間、三人の間に確かな温度が生まれた。
絶望の先で出会った者たちが、いま同じ未来を見ている。
瓦礫の隙間から朝日が差し込み、
アークコアの光と混ざって街を黄金色に染め上げる。
かつて神が造り、壊れ、忘れたこの場所で、
人間たちは新しい秩序を築こうとしていた。
ティアの髪が輝き、リアナの瞳が光を宿す。
ユウリの口元がわずかに緩む。
「行こう。次は“壊すため”じゃない。“守るため”に戦う」
彼の言葉に、二人の声が重なった。
「うん!」「ええ!」
青白い光が風と共に舞い上がり、
再生都市アルセリアは静かに息を吹き返す。
――神が去っても、人は生きられる。
その確信が、朝の空気に溶けていった。
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