第15話「廃都への帰路、三つの光」【第1章 完】
――堕獣の絶叫が止み、森の奥で炎が静まった。
夜明け前の薄闇の中に、わずかな光だけが残っている。
燃え落ちた樹々の隙間で、風が灰を巻き上げていく。
ユウリ・アークライトは剣を下ろし、深く息を吐いた。
胸の中に、焦げたような金属の匂いがまだ残っている。
「……これで終わりか」
背後から、かすかな足音。
白いローブの裾を引きずりながら、聖女リアナ・エルセリアが歩み寄ってきた。
彼女の頬は血の気を失い、指先は震えている。
それでも瞳の奥に宿る光は、戦う前よりも強かった。
「……本当に、ユウリ様……なのですね」
掠れた声だった。
けれどその響きに、奇跡を見た者の確信があった。
ユウリは泥だらけの外套を翻しながら、肩越しに笑う。
「ああ。生きてる。ちょっと“仕様外”になっちまったがな」
冗談を口にした瞬間、風が一陣吹き抜け、木々の灰をさらった。
世界が、少しだけ軽くなったような気がした。
「ご主人様っ! あの堕獣、燃やしすぎちゃったかも!」
甲高い声が空気を弾く。
ティア・ドラグネアが両手を腰に当てて駆け寄ってきた。
桃色の髪は煤で黒く汚れ、額の紅の角はひび割れている。
しかし、彼女の笑顔は戦場の残滓を吹き飛ばすように明るかった。
「ティア……あなたが、竜人……?」
リアナが息を呑む。
その存在は伝説の残響――神代の封印記録でしか見たことがなかった。
「うん! ボクはティア! ご主人様に助けてもらって、今は一緒に暮らしてるの!」
「暮らしてる……?」
「廃都アルセリアってとこ! ね、ご主人様っ!」
ティアがユウリの袖を引っ張る。
リアナは驚きの中にかすかな微笑を浮かべた。
戦火と絶望のただ中で、確かに“日常”という言葉が似合うやり取りだった。
「詳しい話は歩きながらにしよう」
ユウリは軽く息を整え、リアナへ手を差し出す。
「立てるか? その呪いの残滓、まだ抜けきってないだろ」
リアナはためらいながらも、その手を取った。
掌は少し荒れていたが、温かく、力強かった。
その感触が、三週間前の焚き火の夜を思い出させる。
“足手まとい”と呼ばれた男の手が、今は誰よりも確かな救いになっている。
◇◇◇
森を抜ける頃には、空が群青に変わっていた。
焼け焦げた木々の間を抜ける風が、冷たさよりも清潔さを運んでくる。
ティアが前を歩き、時折振り返っては声を弾ませた。
「ねぇ、ご主人様~! あの人も一緒に住むの? ボク、部屋片付けとくねっ!」
「ティア、先走るな」
「だって! ご主人様が誰か連れて帰るなんて初めてなんだもん!」
「……おい、言い方が変だぞ」
ティアが笑う。リアナも思わず吹き出した。
緊張の糸が緩み、ようやく戦いの後の現実感が戻ってきた。
「リアナ。少し休め」
「ええ。けれど……不思議です。こうして歩くのが久しぶりだから、息ができるのが嬉しいのです」
リアナの足元に、ティアの長い尻尾がふわりと触れる。
ティアは振り向きざまに言った。
「ねぇ聖女さん。ボク、あなたのこと嫌いじゃないかも!」
「えっ……?」
「だって、ご主人様の話をちゃんと聞いてくれたもん。前の人たちは、みんな耳ふさいでた」
リアナの目が見開かれ、次いで柔らかく細められた。
「ありがとうございます、ティアさん」
「ティアでいいよ~」
「うん、ティア。あなたも……とてもきれいな光を持っているわ」
「えへへ。でしょ!」
ティアの尻尾がぶんぶん揺れ、ユウリが苦笑する。
「お前なぁ……調子に乗ると燃えるぞ」
「うっ……ご、ご主人様の意地悪っ!」
◇◇◇
夜。
三人は川沿いの小さな橋で足を止めた。
空には三つの月が並び、それぞれが淡い色の光を地上に落としていた。
焚き火を囲むと、ティアの瞳がその光を映して黄金に輝いた。
「ユウリ様。……神を憎んでいますか?」
リアナの問いは、焚き火の音に溶けて消えそうに小さかった。
ユウリは火に小枝をくべながら答える。
「ちょっと前まではな。でも今は、壊すより“作り直す”方が面白くなった」
「……あなたらしいですわ」
「だろ? 神様の設計、間違ってるとこ多すぎるんだよ。だから俺が直す」
ティアがうとうとしながら呟く。
「……ご主人様、神様より頼りになるもん……」
「寝言が早いな」
「だって安心するんだもん……」
ティアの尻尾がぱたぱたと動き、焚き火の赤がその毛先を染めた。
リアナはその光景を見つめ、静かに笑った。
「ユウリ様。あなたの周りは……とてもあたたかいのですね」
「そりゃまぁ、火種は多いからな」
彼が肩をすくめると、リアナは微笑んだまま目を伏せた。
聖女ではなく、一人の女性の表情だった。
◇◇◇
夜が明ける。
廃都アルセリアの方角に、青い光がぼんやりと瞬いた。
ティアが目をこすりながら立ち上がる。
「ご主人様、見て! あれ、アルセリアの光だ!」
「ああ。俺たちの帰る場所だ」
リアナも空を見上げ、両手を胸の前で合わせた。
祈りの形はもう神に捧げるものではなく、ただ“生きて帰れることへの感謝”だった。
朝焼けの中、三人の影が並んで伸びていく。
ひとつは冷静な改造者。ひとつは元聖女。ひとつは自由な竜の娘。
それぞれが違う光を持ちながら、同じ道を歩いていた。
「行こう。廃都へ――三つの光の帰る場所へ」
ユウリの言葉に、二人の声が重なった。
「うん!」「ええ!」
新しい一日が、静かに始まった。
~第1章 完~
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