第14話「堕獣の咆哮 ―改造者たちの誓い―」
風が止んだ。
――世界が、息を潜めた。
森の奥、黒く爛れた峡谷。
地面に刻まれた祈りの碑文はひび割れ、血のような瘴気がそこから滲み出している。
鳥も虫も、もうこの地を避けた。生命の匂いが一切ない。
「……空気が腐ってる。ご主人様、ここ、もう“生きてない”」
ティアが眉をひそめる。
桃色の髪の先が微かに燃え、琥珀の瞳が警戒の光を帯びた。
「いや、違う」
ユウリは低く答える。
抜き放った剣の刃に、灰色の光が反射した。
「“死にきれなかった命”が、まだ蠢いてるんだ」
その瞬間――大地が、呻いた。
地の奥で何かが蠢き、割れた岩の隙間から黒い霧が噴き上がる。
崩れた木々の影を裂き、音を立てて這い出てきたそれは――
堕獣。
四つの脚に、六つの眼孔。
三つの口が不規則に開閉し、血の代わりに祈りの残響を漏らしていた。
肉の表面には、かつて人が書いた祈りの文様がねじれて刻まれている。
先ほどの個体よりも遙かに強力な存在感がビリビリと皮膚に張り付いている。
「祈る……祈る……喰らう……」
その声は呻きではなく、残留信仰そのものだった。
リアナが一歩下がる。
「……人の声が……祈りの言葉が、歪んで……」
聖印を握る手が震えていた。
「そうだ。これが“神に棄てられた信仰”の行き着く先だ」
ユウリが剣を構える。その目は冷たく静かだった。
堕獣が吠える。空気が裂けた。
木々が倒れ、瘴気が津波のように押し寄せる。
「リアナ、後方から防壁を張れ!」
「はいっ――《聖域展開(Sanctum)》!」
黄金の魔方陣が地を覆い、瘴気を押し返す。
だが、その光が押し切られる前に――
「ボクが道を開ける!」
ティアが踏み込み、炎が彼女の足元で爆ぜた。
槍を構え、角が紅く光る。
「《龍炎走(Draconic Burst)》ッ!」
火線が一直線に走り、紅蓮の竜が咆哮を上げて堕獣の胸を貫いた。
爆炎。熱風。
黒い肉が焼け、腐臭が吹き飛ぶ。
だが――再生する。
焼け焦げた肉が泡立ち、神経の糸が自動修復を始める。
まるで“神の構文”が裏で再生命令を走らせているようだった。
「再生速度、異常です! これは神格汚染!」
リアナの声が響く。
「なら――上書きしてやる!」
ユウリの目が光を帯びる。
《展開:戦術改造・近接モード》
《強化展開:筋繊維再構築(Rebuild Muscle)》
青い閃光が彼の全身を駆け抜ける。
瞬間、筋肉が爆発的に収縮し、踏み出した足が地面を抉る。
ユウリの姿が――消えた。
「ご主人様!? はやっ――!」
ティアの声が追いつくより早く、ユウリは堕獣の懐に入り込む。
「《断裂斬(Code Slash)》!」
蒼い軌跡が一閃。
堕獣の右腕が宙を舞い、飛び散った黒血が岩を溶かす。
ユウリは構文を呼び出しながら踏み込みを続ける。
《反応補助:認識遅延解除(Overclock Perception)》
時間が伸びる。世界が遅れる。
堕獣の動きが、一瞬ごとに分解されて見える。
その中を、ユウリは迷いなく走った。
「……神の造物だろうが、俺の“現実”には干渉させねぇ」
剣が閃き、堕獣の胴を縦に裂いた。
黒い煙と血が噴き上がり、耳を裂く悲鳴。
しかし――堕獣の口が裂けた。
三つの顎が同時に開き、光が集束する。
「――神罰構文!?」
リアナが顔を上げた瞬間、光柱が放たれる。
「リアナ、下がれ!」
「無理です、範囲が広い――!」
ユウリが咄嗟に前へ出た。
《封印改造:神罰反転(Reversal)》
剣が黒金に染まり、堕獣の攻撃を受け止める。
瞬間、構文が反転し、堕獣自身の体内に逆流。
爆ぜるような轟音とともに、獣の体が内側から焼け爛れた。
「ギャアアアアア!!」
ティアがその隙を逃さない。
「ご主人様、合わせて!」
炎の翼を広げ、槍を掲げる。
「《龍焔槍・ヴァーミリオンスパイク》!」
赤い閃光が突き刺さる。
ユウリが横から追撃。
「《連撃構文:双律斬(Twin Code)》!」
青と赤の斬光が交差し、爆発的な光の奔流が峡谷を飲み込む。
堕獣の体が裂け、崩れ、やがて――灰となった。
……静寂。
燃え尽きた大地を、風が撫でる。
煙が消え、陽光が差し込む。
「……ふぅ、やっと終わった……」
ティアが膝に手をつき、息を整える。
「ああ。構文断裂、完全確認」
ユウリは剣を肩に担ぎ、空を見上げた。
額の汗を拭いながら、静かに呟く。
「これが“神のゴミ掃除”かよ」
リアナがそっと微笑んだ。
「それでも――あなたの“改造”は、人を救っている」
「奇跡じゃねぇ」
ユウリは剣を地面に突き立て、冷ややかに言う。
「祈りをシステムに変えて、人間が取り戻してるだけだ」
ティアが近づいて、ユウリの腕を軽く叩く。
「ふふっ、でもやっぱりカッコいいよ、ご主人様。
炎の中で動いてる時、ボク、ちょっと見惚れてた」
「……そういう冗談は、戦闘後にしろ」
「今、戦闘後だよっ」
ティアが笑い、リアナもつられて微笑む。
灰の中、三人の笑い声が静かに響いた。
その時――
ユウリの視界の隅に、光の文字が浮かぶ。
《観測開始:対象=コード改変者》
《警告:神界上層部に異常値検出/監視プロトコル起動》
ユウリの表情が一瞬だけ陰る。
「……来たか」
リアナが振り返る。
「ユウリ様?」
「神界が、俺たちを“観測”し始めた。
つまり――俺たちはもう、ただの人間じゃないってことだ」
ティアが小さく唇を結ぶ。
「ご主人様。だったら、ボクたちで世界を護ろう。
神様が壊すなら、ボクたちが直す」
「……ああ」
ユウリは微笑み、二人を見渡した。
「この世界は、俺たちの手で再構築する」
風が、優しく吹いた。
朝日が差し、三人の影が長く伸びる。
その背中は、確かに“人”でありながら、
もはや“神々の敵”としての輝きを宿していた。




