第133話「揺らぐ祈り、戦火の街」
――静寂のあとに、地鳴りが響いた。
王都ラナシェルの外壁が軋み、聖堂の鐘楼が崩れ落ちる。
赤黒い祈導光が空を染め、街路の石畳がまるで呼吸するように脈動していた。
風が焦げ、祈りが泣いていた。
祈導塔の上空で、黒い光の環が回転する。
そこから流れ落ちる無数の光糸が、まるで“神の血管”のように王都を覆っていた。
《観測更新。外縁部に多数の反応――祈導兵型オートマトン、推定三千八百体。》
βの声が艦橋を震わせる。
アーク・ノヴァの操舵室に、赤い警告光が走った。
「三千……!? そんな数、相手したことないよっ!」
ミナが尻尾を膨らませ、狼狽する。
「落ち着け。」
ユウリが指を鳴らし、空間に半透明の魔導投影を展開した。
街全域の立体地図が浮かび、祈導塔を中心に黒い点が増殖していく。
「セリス、風層の流れを読め。
リアナ、避難路の確保を。
ティア、前衛展開準備。」
「了解。」
「はい、ユウリ様。」
「任せて!」
《中枢信号を追跡中……祈導塔内部より発信。ゾルド・ガルバ人格端末による再干渉の可能性。》
「またあいつの残滓か……」
ティアの拳に、熱が灯る。
「主様、ボク、行く! もう二度と……あんなもの、好きにさせない!」
「まだだ。」
ユウリが短く言った。
「人を守るのが先だ。焼くのはそのあとでいい。」
ティアはぐっと唇を噛み、うなずいた。
「……了解、主様。」
その瞬間、街路の地下から轟音が響いた。
崩れた祈導碑の残骸から、銀灰色の祈導兵がゆっくりと立ち上がる。
その目には何の光もない。
ただ、祈りの残響が機械の中を這い回っていた。
《解析結果。旧シェルダ文明期祈導兵の構造と一致。動力源――“祈り”を変換したエネルギー。》
「祈りを……燃料にしてる?」
リアナの声が震える。
「そんな……人の願いは、神への橋渡しなのに……!」
「ゾルドの理想だ。」
ユウリの瞳が静かに光を宿す。
「感情のない秩序――そのためなら、祈りも使い捨てる。」
《倫理制限、確認不能。ゾルド端末群、自己複製モードに移行。》
「そんなの許さない!」
ミナが叫び、短剣を抜いた。
「主様、行くね!」
「行け。ティア、援護。」
「了解っ!」
ふたりの少女が飛び出した。
ティアの翼が紅炎をまとい、ミナの幻影が地を駆ける。
光と影が交差し、祈導兵の群れを切り裂いた。
「《幻尾烈閃》ッ!」
ミナの尾が閃光を放ち、十数体のオートマトンを一閃。
その残光の隙を縫い、ティアが炎を叩き込む。
「《龍焔槍・ヴァーミリオンスパイク》!」
燃え上がる槍が空を貫き、黒い祈導波を焼き払った。
《敵群、南東区域で動作停止。市街地南門の安全を確保。》
βの報告が響く。
しかしすぐに別方向の警報が鳴った。
《警告。北街区に新たな祈導波――敵群、再生開始。》
「っ……再生!?」
ミナが振り返る。
倒れた祈導兵の残骸が、祈りの光に包まれ、再び立ち上がっていた。
《祈り信号による再構成。市民の祈りが“再生コード”として利用されています。》
「祈るほど敵が増える……最悪の構文だな。」
ユウリが低く言い、右手を掲げた。
「なら、“祈り”そのものを書き換える。」
《改造構文演算、開始。同期層開放。》
「《改造構文:流体干渉領域展開》――起動!」
地脈が震え、祈りの光が一瞬で反転した。
黒から白へ。
まるで世界が一呼吸したかのように、街に光が戻る。
「今だ、ティア!」
「了解っ!」
紅蓮の翼が広がる。
「《龍神烈破ッ!!》」
爆炎が祈導塔の根元を覆い、残る機体を吹き飛ばした。
その間、リアナは必死に祈りを捧げ続ける。
「……《純聖再生》――どうか、絶望に飲まれた心を、もう一度照らして。」
淡い光が街路に溢れ、倒れていた市民の胸が微かに上下を始める。
涙を浮かべた老人が空を見上げ、震える声で呟いた。
「……まだ、神は、見てくださっているのか……」
それを見たティアが笑みをこぼす。
「ほら、リアナ姉の祈り、ちゃんと届いてる!」
「ティアさんの炎も届いています。」
リアナが柔らかく微笑んだ。
「壊すためではなく――守るために燃える炎です。」
戦場の風が、少しだけ優しくなった。
だが、その瞬間。
《警告。祈導塔内部にて信号増幅――Ω端末反応、確定。》
「Ω……っ!」
ユウリの表情が鋭くなる。
「やはり、核心はそこか。」
《反応強度、過去最大。ゾルド・ガルバ人格複製体Ω――本体に最も近い構造体。》
セリスが目を細め、風を止める。
「……来る。上から。」
皆が見上げた空――。
祈導塔の頂から、黒い触手のような光が垂れ下がる。
祈りの形をした闇。
人の願いが歪められ、呪詛の奔流に変わっていた。
「主様!」
ティアが槍を構える。
「今度こそ、止める!」
「……行くぞ。」
ユウリが静かに頷いた。
「終わらせるために。」
《航路設定完了。祈導塔最上層――到達予定、五分後。》
アーク・ノヴァの推進炉が唸りを上げ、光の翼が開く。
セリスの風が船体を包み、リアナの祈りが結界を重ねる。
βの声が、皆を繋いだ。
《全員の心拍数、同期完了。魔力位相、統一域に到達。》
「行こう、β。」
ユウリの声が響く。
「これが――再定義だ。」
《了解。》
βの声が、わずかに震える。
《……私も、あなたと共に戦います。恐怖も、祈りも、全て学びとして。》
アーク・ノヴァが上昇を始める。
蒼光が夜を裂き、祈りの残響を貫いた。
その光は、まるで“人の願い”そのものが空へと昇るように――。




