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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第131話「王都異変の兆し」

 王都ラナシェルを離れてから、十日が経っていた。

 ユウリたちは古代遺構《ルマニア環礁》の調査を終え、飛空艇アーク・ノヴァで南西海上を漂っていた。

 青く静かな海がどこまでも広がり、薄曇りの空を裂くように白い飛行航跡が伸びている。


 甲板に立つユウリの髪を潮風がなびかせた。

 βが浮遊しながら彼の隣に寄る。光体の輪郭は穏やかで、観測波の粒子が微かにきらめいていた。


《報告。世界各地に残るゾルド干渉痕――残り三箇所、観測完了。異常値は減少傾向です。》


「思ったよりも早く落ち着いたな。」

 ユウリが呟く。


《はい。ただし、祈導波の歪みは完全には消えていません。局所的な“祈りの乱流”が発生しています。》


「……人が多く集まる場所ほど、祈りが濃くなる。つまり都市部の可能性が高いな。」


 ティアが甲板の手すりに腰かけて、遠くの雲を見上げた。


「主様、しばらく平和だね。あの王都の戦いが、もう昔のことみたいだよ。」


 リアナが微笑んだ。

「平和は、祈りがつないでいる時間です。けれど……それも永遠ではありません。」


 その言葉に、βの光が一瞬だけ揺らいだ。


《……観測更新。異常波、検知。》


 甲板の空気が、ピンと張りつめる。

 ユウリが顔を上げた。


「位置は?」


《王都ラナシェル方向。祈導庁の構文層から、未知の祈り波形を受信。通常通信ではありません。》


「祈り波形……人の、心の信号か?」


《はい。感情波の形式で直接届いています。解析を開始します。》


 βの瞳が淡い紫に染まり、空気が光に満たされる。

 リアナとセリスが祈りの波に気づき、目を閉じた。


「……これは、王族の祈り。」

 リアナが静かに息を呑む。


 セリスが風を揺らし、耳を傾ける。

「確かに。穢れがない。深い悲しみと、迷い……それでも“誰かを信じる声”。」


 βの光が脈動した。


《解析完了。――送信者、ラナシェル王国王女、セレスティーネ。》


「王女が? どうして今……?」


《祈導庁の制御層に異常が発生しています。祈り構文の一部が、ゾルド系信号に侵食されています。》


 ユウリが眉をひそめる。

「つまり、また“奴ら”が動いているってことか。」


《はい。王都の防衛祈導網に、自己増殖型の制御式が混入しています。放置すれば全市域が制御下に置かれます。》


 ティアが拳を握りしめた。

「主様、行こう! あの人たちを、もう苦しませたくない!」


 ユウリは短く頷く。

「……ああ。β、航路を王都へ固定だ。」


《了解。アーク・ノヴァ、進路再定義――目的地、王都ラナシェル。》


 船体が低く唸り、蒼白い推進光が海面を照らす。

 甲板を駆け抜ける風が、仲間たちの頬を打った。


 ミナが空を見上げる。

「ねえ、みんな。あの光――」


 雲の切れ間に、王都の方向から一筋の光が昇っていた。

 祈りの形をした、儚くも確かな輝き。


 リアナが胸に手を当てた。

「王女の祈り……まだ、希望は消えていません。」


 ユウリはその光を見据える。

「なら応えるだけだ。あの祈りを、“再定義”してやる。」


 βの瞳が淡く光った。

《了解――航行モード、上昇。祈導層へ突入開始。》


 アーク・ノヴァが雲を割り、空へと駆け上がっていく。

 その先には、再び蠢き始めた人の祈りと、秩序の影が待っていた。



◇◇◇


 王都ラナシェル。

 巨大祈導塔セレナ・スパイアの最上層、薄明の光が差し込む祈祷室。

 その中心に、ひとりの少女が静かに膝をついていた。


 金糸の髪が揺れる。

 祈導衣の白が淡い青光に染まり、周囲の空気にかすかな震えを生む。


「……また、祈りの層が乱れています。」


 補佐官の声がかすかに震えた。

 セレスティーネ王女は目を閉じ、両の掌を合わせたまま答えた。


「ええ。潮流制御層の回復から、まだ十日しか経っていないのに……」


 光の粒が舞う。

 塔全体を包む祈導網がざらつくように歪み、祈りの音が乱れている。


「神殿の祈導官たちは?」


「……数名が倒れました。祈りの回路を通じて、精神干渉を受けたようです。」


 セレスティーネは眉をひそめ、祈導盤に視線を落とした。

 盤面を走る魔導文字の中に、黒いノイズのような構文が混ざっている。


「これは……“ゾルド・ガルバ”の干渉式。再び……。」


 唇を噛む。

 十日前、あの塔の地下で見た光景が脳裏に蘇る。

 無数の魔導線が燃え、祈りが悲鳴を上げて消えていったあの日。

 ――ユウリたちが、命を懸けて守ってくれた王都。


「……このままでは、また同じことが起きる。」


 彼女は立ち上がり、祈導盤の前へ歩み寄る。

 周囲の侍従たちが息を呑んだ。


「王女殿下、危険です! 今は接続を――」


「祈りを止めれば、民の光も止まります。」

 セレスティーネの声は静かだった。

 その瞳に宿るのは、恐れよりも決意。


「私は“王家の祈導者”。ラナシェルの民が苦しむ時、祈りを絶やしてはいけない。」


 彼女は手を伸ばし、祈導盤の中央へ触れた。

 指先が淡く光り、同時に痛みが走る。

 それでも手を離さない。


「……お願い。もう一度だけ……届いて。」


 空気が震えた。

 祈導塔の上層に、白い光の柱が立ち昇る。

 祈りの波が幾重にも重なり、塔全体を包み込む。


 しかし――同時に。


 祈導盤の下層で黒いコードが蠢いた。

 ゾルドの残滓が、祈りを“媒体”に再侵入を始めたのだ。


 光と影が交錯する。

 セレスティーネの体がふらつき、侍従が駆け寄る。


「殿下! このままでは――」


「まだ……です。まだ、祈りは……届いていない。」


 声がかすれる。

 その時、祈導塔の外で雷鳴のような音が響いた。

 雲を裂いて、蒼い光の航跡が空を横切る。


 セレスティーネがはっと目を上げた。


「……この光、覚えています。」

 彼女の瞳に、涙が滲む。


「《再定義者》の皆さん……あなたたち、戻ってきてくれたのですね。」


 彼女の祈りの波が、蒼い空へと伸びていく。

 その光は、空を駆ける《アーク・ノヴァ》と共鳴し、

 王都全域に新たな光を灯した。


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