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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第129話「祈りと子どもたち ― 王都《聖潮の庵》にて」

 王都ミラ・ラナ南区――海を見下ろす丘に建つ小さな修道院。

 名は《聖潮せいちょうの庵》。

 白亜の壁と青い屋根が陽光にきらめき、潮風がカーテンを揺らしていた。

 ここは祈導庁の管理を離れた、民間の孤児院。

 だが――祈りの響きは、どんな大聖堂にも負けないほど澄んでいた。


 昼下がりの光が差し込む。

 子どもたちが庭で駆け回り、石畳の隙間からは白い小花が顔を覗かせる。

 木陰には、古びたベンチと潮に焼けた風鈴。

 その風鈴が鳴るたび、どこか懐かしい音が響いた。


「――今日も、この子たちが笑って過ごせますように。」


 リアナ・エルセリアが、花壇の前で静かに祈りを捧げていた。

 白い修道衣の裾が揺れ、風の中で金の髪が光る。

 その祈りは命令ではなく、まるで春の息吹のように穏やかだった。


 祈りの余波が、目に見える形で現れた。

 光の粒が空中にふわりと浮かび、蝶のように舞う。


「リアナお姉ちゃん、また出たっ!」

「見て見て、キラキラしてる!」


 子どもたちが走り寄ってくる。

 リアナはそっと微笑み、手を広げた。


「ふふ……これはね、みんなの“笑いたい気持ち”が光になったのですよ。」


「笑いたい気持ちが、光に?」


「そう。祈りは、神様だけに届くものじゃありません。

 誰かを想って笑う心だって、世界を変える力になるんです。」


 小さな男の子が、両手で光の粒を掬うようにして尋ねた。

「じゃあ、ボクの“お母さんに会いたい”も届く?」


 リアナは膝をつき、その瞳を見つめた。

「ええ、きっと届きます。願いは、言葉にした時点で道ができるんですよ。」


「……じゃあ、ボク、毎日言うね。」


「うん。届くように、ちゃんと祈りましょう。」


 リアナが微笑むと、男の子の顔にも笑みが広がった。

 庭の片隅で花を摘んでいた女の子が、摘んだ花をリアナに差し出した。


「リアナお姉ちゃん、これ、あげる!」


「ありがとう。……とても綺麗ですね。」


 花びらを受け取ったリアナの手に、柔らかな光が集まった。

 その光を見て、子どもたちの目が丸くなる。


「魔法だ!」

「ねぇ、どうやったの!?」


 リアナは首を振り、優しく笑った。

「魔法ではありませんよ。これは、みんなの“心”が形になったんです。」


 その時、上空で淡く光る姿が見えた。

 βだった。

 光子の翼をゆるやかに広げ、静かに浮かんでいる。


《観測記録:対象リアナ・エルセリア。祈り波形、安定。周囲に安心反応多数。》


「βさん、今日も観測していたのですね。」


《はい。……けれど、これは“祈り”というより、“安心の式”と分類すべきです。》


「安心の式?」


《あなたの祈りを受け取った人々の感情波は、緊張を解き、安定します。

 つまり、あなたは構文を用いず“感情で癒している”状態です。》


「……それは、いいことですね。」


 リアナはふと、βに視線を向けた。

 風が吹き、白い花びらが彼女の頬に当たる。


「祈りの形は一つではありません。神がいなくても、人が互いを支えられるなら、それが奇跡です。」


《……奇跡、ですか。定義不能。》


「だからこそ、素敵なんです。」


 βはしばらく沈黙した。

 紅玉コアがかすかに光を増し、ゆっくりと答えた。


《……暖かい。観測対象:人の“ぬくもり”。》


「それは、子どもたちがあなたに送った“ありがとう”ですよ。」


《感情値:上昇。……これが“ありがとう”。理解。》


 βの光が少し柔らかくなる。

 子どもたちが手を伸ばし、その光を掴もうと跳ね回った。


「すごい! 星みたい!」

「βちゃん、ボクにも光ちょうだい!」


《分配モード開始――出力、五パーセント。》


 βが光の粒を散らすと、子どもたちが歓声を上げた。

 それは星屑のように庭を舞い、空へと昇っていった。


「……あなたも、人の笑顔が好きになってきたようですね。」


《否定不能。笑顔の観測、好ましい。》


 リアナは穏やかに微笑んだ。


 そのとき、修道院の門が軋んで開く音がした。

 風に乗って聞こえる足音――ユウリだった。


「……ここにいたか。」


「ユウリ様。」


 リアナは立ち上がり、柔らかく礼をした。

 子どもたちはすぐに彼を見つけ、駆け寄る。


「ユウリお兄ちゃんだー!」

「ねぇ、見て! リアナお姉ちゃんの光、すごかったんだよ!」


 ユウリは軽く笑いながら子どもたちの頭を撫でた。

「そうか、なら俺も見たかったな。」


「明日もやる?」


「……ああ。きっとまた見られるさ。」


 リアナが小さく頷いた。

「子どもたちの笑顔は、神の祝福そのものです。」


《補足。幸福指数上昇。心拍安定。……観測完了。》


「β、それは分析じゃなく感想だな。」


《訂正。観測+感想。》


 ユウリが笑う。

「なら、いい。」


 リアナは二人を見て、小さく笑った。

 風がまた吹き、潮の香りが庭を包む。


「……ここでも、海の音が聞こえますね。」


「ああ。どんな場所でも、風があれば波は届く。」


 夕日が沈みかけ、街の屋根が金色に染まる。

 リアナは空を見上げ、そっと呟いた。


「この子たちの祈りが、いつか誰かを照らしますように。」


 βが静かにその言葉を記録する。


《観測終了。結論――祈りとは、“理解より先に届く式”。》


 王都の鐘が鳴り、潮風が白い花を舞い上げた。

 その花びらの中で、リアナの祈りが静かに溶けていった。


 ――それは神の名を借りぬ祈り。

 ただ“人のために”捧げられた、小さな光の祈りだった。

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