第128話「竜闘士ティア・ドラグネア ― 鍛錬は爆発の香り」
王都ミラ・ラナの朝は清らかで、どこか張りつめている。
空は透き通るような青、遠くの《セレナ・スパイア》が朝日を反射して金色に輝いていた。
街の中心部では市場の準備が始まり、焼き立てのパンの香りが風に乗る。
だが――その平穏な音を突き破るように、街外れの訓練場からひときわ元気な声が響いた。
「よーしっ! 今日こそ“炎”と“気”のバランス、完璧にしてみせる!」
「しっかりやれよーティア」
「まっかせて主様っ! ボク、頑張っちゃうからっ!」
「既に不安しかないな」
ティア・ドラグネアが仁王立ちしていた。
桃色の髪が風に踊り、額の紅い角が朝光を反射する。
彼女の背中に差す陽光は、まるで竜の翼を描いているかのようだった。
訓練場の外壁の影では、ユウリが腕を組んで見ていた。
少し離れた空中にはβが浮かび、淡い光を放つ。
《訓練ログNo.372開始。対象:ティア・ドラグネア。予測結果――暴走の確率、六十七パーセント。》
「ちょ、はじまる前から縁起でもないっ!」
ティアがむっと頬を膨らませる。
拳を握った瞬間、地面の砂がわずかに浮き上がり、周囲の空気が熱を帯びた。
「ティア、まず“構え”だけで石畳を焦がすな。」
「えっ、そんなことないよ! ……たぶん。」
《訂正。温度上昇検知:+三十度。》
「βちゃん、実況やめてっ!」
ユウリが息を吐いた。
「……まあいい。今日の目標は“出力三割制御”だ。昨日は八割で街灯まで吹っ飛ばしたからな。」
「うぅ……あれは風が強かっただけだもん……」
《風速:二メートル。言い訳判定、失敗。》
「βぁああああ!!!」
ミナが観覧席の端から笑って手を振る。
「ティアお姉ちゃん、がんばれー! でも燃やさないでねー!」
「わかってるってば!」
リアナは祈りの杖を両手で持ち、苦笑した。
「……祈っておきます。今日は“火の加減”が上手くいきますように。」
セリスが隣で髪を押さえながら、小さく呟く。
「……風、警戒。」
「よーし、いくよ!」
ティアは大地を蹴り、掌に炎を灯す。
紅の闘気が螺旋を描き、熱風が吹き荒れる。
「――《龍炎走》ッ!!」
轟音と共に、炎が地を駆け抜けた。
訓練場の壁が震え、石畳が赤く光る。
次の瞬間、爆発的な衝撃波が周囲に広がった。
「きゃっ!? 耳がぁー! 熱っつつつっ! 熱いよティアお姉ちゃんっ」
ミナが幻走で飛び退き、尻尾を膨らませて転がる。
《被害報告。壁二枚損傷、地温上昇百四十度、観測者β軽度スス付着。》
「ススって何!? βちゃん焦げてるの!?」
《表面カーボン微粒子付着。人間換算:顔に煤。》
「やめて! そんな実況いらないからぁ!」
リアナは額を押さえ、頭を垂れた。
「……主よ、どうか修繕予算が尽きませんように。」
ユウリが歩み寄り、焦げた壁に触れる。
ひび割れた石を見つめ、静かに言った。
「ティア、八割出てるな。」
「えっ!? 三割のつもりだったのに!」
《分析完了。主様の視線による集中度上昇。出力+五〇%補正。》
「うわぁぁあん、βちゃんそれ言わないでぇぇ!」
ティアの肩が震える。
その頬は炎のように赤く、耳まで熱くなっていた。
セリスが風を送りながらぼそりと呟く。
「……恋の熱、検出。」
「してないからぁぁぁ!!!」
《感情値上昇、照れ反応確定。》
「βちゃん、ほんとに空気読んで!!」
ユウリは笑いをこらえながら言った。
「……まあ、いいだろ。力は悪くない。次は“抑える”練習だな。」
「……主様、優しいけど、褒められると出力上がるの……」
「わかってる。」
ユウリが手をかざすと、空気が一瞬で静まり返る。
「《改造構文:静音領域展開》――出力抑制。」
炎がふっと吸い込まれ、世界が凪いだ。
風が涼しく吹き抜け、セリスの髪がそよぐ。
「……今度は、風の勝ち。」
「うぅ……風さん強いなぁ……」
ティアは苦笑して拳を下ろした。
その顔には、悔しさよりも少しの安堵が浮かんでいた。
ミナが笑って駆け寄る。
「ティアお姉ちゃん、焦げない訓練しようよ! “幻走ごっこ”!」
「……それ、気になる……でも負けた気がする……!」
《提案:ティア・ドラグネアの訓練方針を“非破壊型”に更新しますか?》
「しないって言ってるでしょおぉぉぉ!!」
βの光がぴくんと揺れた。
リアナが静かに微笑み、手を合わせる。
「……次の修理費の請求書、少しは減りますように。」
ユウリは笑いながら答えた。
「……期待するだけ無駄かもな。」
《訓練ログNo.372終了。結果:壁三枚焼失、気温+二十五度、ティアの自尊心・中度損傷。》
「中度!? 軽傷から悪化してるじゃんっ!!」
仲間たちの笑いが訓練場いっぱいに響いた。
空は雲一つなく、風が焦げた地面を優しく撫でていく。
炎の少女は頬を赤らめながら、胸の奥で小さく拳を握った。
「……次は絶対、完璧に見せるから。」
その言葉に、ユウリが静かに頷いた。
「期待してるよ、ティア。」
「うおおおおおっ! いっくぞ~~~~っ!」
王都の鐘が、再び優しく鳴り響く。
それは、いつものように――“平和な一日の始まり”を告げていた。




