第126話「それぞれの平和な日常」ティア・ミナ編
昼下がりの王都ミラ・ラナ。
復興を祝う祭りの熱気が街を包み、中央広場には炭火と香辛料の香りが漂っていた。
子どもたちの笑い声、屋台の掛け声、鉄板の上で跳ねる油――
“平和”という言葉が、ようやくこの国に戻ってきたようだった。
★竜人とバーベキューと焦げた幸福
「うわぁ……いい匂いっ!」
ティアが鼻をひくつかせる。
翼を小さくたたみ、屋台の列をじっと見つめた。
肉、肉、肉。
焼かれた肉が山のように積まれている。
「主様、“自由行動”って、こういう時のためにあるんだよね!」
ユウリの忠告(“壊すなよ”)はすでに彼女の耳から消えていた。
屋台のおじさんが汗を拭きながら声をかける。
「お嬢ちゃん、火の番手伝ってくれるかい? ちょっと風が強くてなぁ」
「火、だね! まかせて!」
ティアの目が輝いた。
次の瞬間、ティアの手のひらに赤い竜炎が灯る。
ドン、と空気が震え、周囲の炭火が一斉に燃え上がった。
「ちょ、ちょっと待っ――」
その言葉は爆音に飲み込まれた。
広場全体が夕焼け色に染まり、鉄板の上の肉がじゅうっと音を立てて完璧に焼き上がる。
「……うんっ、いい感じ!」
竜炎が消えると、そこに残ったのは奇跡のような香り。
炭の香ばしさと、肉汁の甘い匂いが混ざり合う。
人々が息を呑んだあと、歓声が起こった。
「う、うまいぞ! こんなジューシーな肉、初めてだ!」
「焦げてない! でもしっかり香ばしい!」
屋台のおじさんは震える手でティアの肩を叩いた。
「……完璧だ……! お嬢ちゃん、今日の屋台、全部お前に任せる!」
「えっ、いいの!? じゃあもっと焼くねっ!」
「いや、それは――ちょっ、火がっ! 火が強すぎる!!!」
ティアは全力だった。
竜力で火加減を調整しながら次々と肉を焼き、子どもたちに配っていく。
「ほら、いっぱい食べて! 竜炎焼きだよ!」
「わぁ! あっつ……でもおいしい!!」
子どもたちが笑い、屋台が行列を作る。
煙の中、ティアの髪が夕陽を受けて輝いていた。
それは戦場では見せない、まっすぐな笑顔。
「……主様が言ってた“人間の世界で役に立つ”って、こういうことかな。」
ぽつりと呟くその顔は、誇らしげだった。
しかし、数分後。
王都中央の屋台群が――まるで一斉に「炎のフィナーレ」を迎えるように燃え上がった。
「あっ、ちょっと焼きすぎた……」
「いや……いい……! これ以上うまい焼き加減はない!」
「うおおおっ!! 竜炎フェス最高!!」
なぜか拍手が巻き起こり、音楽まで流れ始める。
市民たちは完全に「お祭りモード」へと突入していた。
その頃、通りの向こうからユウリが現れた。
煙と歓声の中心で、ティアが屋台の台車に乗って肉を配っている。
「……おいおい、また祭りを一から作ったのか。」
「主様っ! 見て見て! 王都の人たち、笑ってるよ!」
「うん。お前が原因だな。」
ユウリは呆れたように笑い、肩をすくめた。
「……でもまぁ、いいか。今日は、壊してないだけマシだ。」
「えへへ。ボク、焼いただけだもん!」
「“焼いただけ”でこの有様か……」
その後、ティアは「竜炎焼きの女神」と呼ばれ、屋台通りの名物として語り継がれることになる。
夕暮れ。
空は茜色に染まり、祭りの熱気がやわらいでいく。
ティアは片手に串を持ちながら、満足げに笑った。
「ねぇ主様。こういうのも、戦いなんだね。」
「戦い?」
「うん。人を笑顔にする戦い。」
ユウリは少し驚いたあと、ゆっくり頷いた。
「……ああ。お前らしいな。」
ティアは竜の尾をぱたぱたと揺らしながら言った。
「じゃあ次は、“甘い戦い”がしたいな!」
「……お菓子屋に行くつもりだろ。」
「ばれたっ!」
二人の笑い声が、香ばしい煙と一緒に夜空へ溶けていった。
★忍者娘とお菓子の迷宮
王都ミラ・ラナ。
復興を終えた市場は、今日も人と香りで溢れていた。
焼き菓子の甘い匂い、果物の彩り、行き交う笑い声。
その中を、白い狐耳を揺らしながら駆け回る少女がひとり。
「うわぁっ、すごい! お菓子の屋台がいっぱいだよ!」
ミナの耳と尻尾がふわふわと跳ねる。
両手いっぱいにクレープやドーナツを抱えながら、笑顔で走り抜ける姿はまるで春風だった。
……ただし、屋台の店主たちは冷や汗をかいていた。
「お、おい……あの速さ、目の錯覚か?」
「狐耳の子が三人に見えたぞ!?」
幻影を引きながら疾走するミナは、無自覚のうちに軽い幻走を使っている。
周囲からすれば、もはや一人の少女ではなく、お菓子の嵐だった。
その時、屋根の上を黒い影が走り抜けた。
布包みを抱えた細身の人影――そして、誰かの叫びが響く。
「レシピ泥棒だっ! 捕まえてくれぇ!」
「えっ!? レシピって……お菓子の!?」
ミナの尻尾がぴくんと跳ねる。
即座に地を蹴り、光の尾を引きながら跳躍した。
しかし、次の瞬間、目の前に黒髪の忍装束の少女が着地する。
「止まりなさいっ!」
短い黒髪、鋭い紫の瞳。
王都警備ギルド所属の《影走》――忍者娘シノだった。
「なんで市街地で全力疾走してるのよ!?」
「ミナ、犯人を追ってるのっ!」
「いや、あんたが犯人に見えてるから!」
二人の視線が交錯し、一瞬の沈黙。
次の瞬間、屋根の向こうを盗賊が駆け抜ける。
「追うよ!」
「ちょ、ちょっと!?」
ミナは一歩で十メートルを飛び越えた。
風が爆ぜ、瓦が跳ね上がる。
シノの目が点になる。
「――はっ!? 消えた!?」
ミナは軽やかに屋根の上を駆け抜け、尻尾の魔力を輝かせる。
幻影が三つ、左右に分かれ、まるで三人のミナが一斉に追撃しているように見えた。
「《幻走》――っ!」
その声と共に、空気が震える。
盗賊が振り返る暇もなく、光の尾が交差した。
風が切り裂かれ、音が一拍遅れて爆ぜる。
気づけば、盗賊は短剣を握る腕ごと拘束されていた。
ミナの尻尾が、まるで生き物のように絡みついていた。
「……捕まえた!」
ミナの笑顔が太陽のように輝く。
その後ろで、遅れて到着したシノが膝をついた。
「ちょ、ちょっと待って……今、なにが……?」
息が乱れ、視界が揺れる。
それでも彼女は見た。
ミナの背中から、白銀の粒子が風のように舞っていた。
犯人を衛兵に引き渡したあと。
市場の片隅で、二人はカフェテーブルを挟んでいた。
店主が感謝の意を込めてパフェを出してくれる。
ミナはスプーンを握り、目を輝かせている。
シノはまだ現実を受け入れられていなかった。
「ねぇ……あんた、本当に人間?」
「うん? ミナは獣人だよ?」
「そういう意味じゃなくてぇぇ……! 今の、何!? どうやって動いたの!?」
「んー……主様に教えてもらったの!」
「主様!?」
「うんっ、ミナの命をくれた人。ミナね、主様のために走ってるの!」
にっこりと笑うミナの顔は、曇り一つなかった。
その無垢さに、シノは言葉を失う。
さっきの動き――いや、“存在の輝き”。
それはただの速度でも、技術でもない。
“祈り”に似た、世界を貫く純粋な意志。
「……すごい。あんた、風そのものだね。」
「えへへ、ティアにもそう言われた!」
耳がぴくんと揺れ、尻尾がぱたぱたと揺れる。
そんな仕草に、シノは小さく笑った。
「いいな……ミナって、なんか自由。」
「ううん、ミナは主様がいるから自由になれたんだよ。」
窓から差し込む午後の光が、二人の髪を照らした。
風が通り抜け、どこか遠くで鐘の音が響く。
その後。
ユウリたちが市場にやってきた。
「ミナ、また走り回ってたのか。」
「主様っ! ほら見て! ミナ、お菓子守ったの!」
「……お前なぁ。」
ティアが呆れ顔で腕を組む。
リアナが笑いながら言う。
「でも、誰かを守るために走ったんですよね?」
「うんっ!」
ユウリが少しだけ微笑み、頭を撫でた。
ミナの尻尾が嬉しそうに揺れる。
その様子を見ていたシノは、ぽつりと呟いた。
「……英雄って、案外こういう人たちなのかもね。」
甘い香りの風が吹き抜ける。
王都の午後、空は高く澄んでいた。




