第123話「祈りの朝 ― 王女の誓い」
ギルド《潮の声》の本部。
大広間には瓦礫運搬を終えた冒険者たちが集まり、騎士団や民兵と協力して支援の指揮を取っていた。
マリナが机に資料を広げ、鋭い目で書類を整理していた。
額の汗をぬぐいながら、ユウリたちを見上げる。
「……来たのね。あなたたち、また無茶をしたわね。」
「まあ、今回は少しな。」
「少し、ですって?」
マリナが呆れながらも微笑んだ。
「でも、おかげで王都が救われたわ。
祈導庁の暴走が止まったのは、あなたたちの構文干渉によるもの。
――王族も正式に感謝を伝えたいと言っているの。」
ユウリが眉を上げた。
「王族が?」
「ええ。近いうちに、謁見の場が設けられるわ。
“再定義者”としての功績を正式に認めたいそうよ。」
ティアが顔を輝かせた。
「えっ、主様! 王様に会えるの!? やったぁ!」
ミナが目を丸くする。
「王様って……えっと、どんな人?」
「わたしたちもまだ会ったことはありませんが――」
リアナが答えかけたその時、
セリスが静かに視線を上げた。
「来ます。……王族の使者です。」
扉が開く。
銀と青の紋章を持つ者たちが入ってきた。
その中央には――凛とした気配を纏う少女。
金糸の髪を結い上げ、蒼の瞳を宿した王女が立っていた。
「王女……セレスティーネ殿下。」
マリナが膝をつく。
少女は柔らかく微笑み、ユウリたちの方を見た。
「あなたたちが、《再定義者》ですね。
――国を救ってくれて、ありがとう。」
その声は、祈りにも似ていた。
けれどそれは神に向けられたものではなく――
“人に捧げられた感謝”だった。
βが小さく光を揺らす。
《……観測。
これは、祈りではない。
感謝という、別の光。》
ユウリは微笑んだ。
「なら、俺たちはその光を――守るだけだ。」
◇◇◇
セレナ・スパイアの崩落から数日が経った。
――あの“王女自らの来訪”から、まだわずかな時間しか経っていない。
王都は静かに息を吹き返していた。
崩れた街路には修復の職人たちが立ち並び、子どもたちの笑い声が瓦礫の隙間に響く。
祈導光の乱れが収まり、夜明けごとに街全体が淡く輝くようになっていた。
ユウリたちはその朝、王城へ向かっていた。
前回――混乱の最中に王女がギルド《潮の声》を訪れ、彼らに直接感謝を述べたあの出来事。
それは王国の歴史でも異例の“現場訪問”だった。
そして今回は、国家として正式に彼らを迎えるための、正式な謁見の場である。
白い大理石の廊下を歩く足音が反響する。
磨かれた床には五人と一つの光影が映り、ステンドグラス越しに差す朝光がその上に色を落とした。
ティアがそわそわと頬を掻く。
「主様、前に会ったときより……なんか緊張するね。」
ユウリは口元をわずかに緩めた。
「前は現場だったからな。今回は、国の代表としての再会だ。」
βの光体が静かに輝きを増す。
《観測:ティアの心拍上昇率+23%。表情筋活動、緊張反応。》
「うぅ……βちゃん、今それ言わなくていいから……!」
ミナが小さく吹き出した。
「ティア姉、顔真っ赤だよ。」
「うるさい! お前だってさっきから目が泳いでるじゃん!」
「そ、そんなことないもんっ!」
口げんかのような軽い応酬に、リアナが微笑を浮かべた。
「こうして冗談を言い合える……それも“平和の証”ですね。」
セリスは静かに頷き、前を見据える。
「――風の流れも穏やか。王都の祈りは、確かに回復しています。」
βの光が淡く波打つ。
《観測:祈導波安定。王都民の共鳴率、七十二・三%に回復。》
ユウリは深く息を吸い、光の道を進んだ。
「少しずつ戻ってきてるな。……あの混乱のあとなら、十分すぎる。」
広間の扉が開く。
天井は高く、光を受けて輝く青白い柱が並んでいた。
祈導水晶がゆるやかに回転し、潮の音のような低い響きを奏でている。
その中央に、一人の少女が立っていた。
王女セレスティーネ・ラナ・シェル――金糸の髪が光を受けて流れ、蒼の瞳に揺るぎない誇りが宿っていた。
「――再定義者の皆さん。王国ラナシェルを救ってくださり、心から感謝します。」
彼女の声は澄んでいて、けれど少し掠れていた。
数日間、国民のもとを自ら歩いて回ったのだと、後にマリナが小声で教えてくれた。
ティアが小声でつぶやく。
「……本当に、優しい人だね。」
ミナが頷く。
「うん。偉そうな感じが全然しない。」
リアナが静かに膝を折った。
「陛下の代行としてのご公務、心よりお見舞い申し上げます。」
王女は微笑み、首を横に振った。
「お気遣いありがとうございます。けれど、あなた方の勇気がなければ、いまこの街は存在していなかったでしょう。」
その瞳が、ユウリの背後に漂うβの光体をとらえる。
一瞬、その表情が驚きに変わった。
「その光……祈りの形を持たないのに、なぜ……こんなにも温かいのですか?」
ユウリはゆっくりと息を吐いた。
「形より、心の方が“祈り”に近いんだと思います。」
βの光体が淡く揺れる。
《解析:感情波――共鳴、安堵、好奇。》
王女の唇が微かに動いた。
「心を祈る国……それが、私たちの“再生”のかたちかもしれませんね。」
その瞬間、広間の空気がわずかに張り詰めた。
祈導庁の役人たちが列をなし、その中の一人――灰髪の監査官が一歩前に出る。
「王女殿下。祈りを法から外すなど、愚行です。民は“導き”を失えば混乱いたします。」
重い沈黙。
ティアの眉がわずかに上がる。
だがユウリは一歩前に出て、穏やかに口を開いた。
「秩序ってのは、神が決めるもんじゃない。
人が互いを信じ合って作るもんだ。」
その声に、王女は静かに息を吸い込んだ。
蒼の瞳が真っすぐに光を返す。
「私は祈りを国法にはしません。
信じる心は、誰のものでもないからです。」
広間が震えた。
祈導水晶が共鳴し、潮のような響きが流れ出す。
βがゆっくりと光を増し、記録を告げた。
《観測記録:国家理念更新。定義――祈り、法より想いに依拠。》
セリスが静かに呟いた。
「……風が祝福しています。これは新しい時代のはじまりです。」
謁見が終わると、マリナが駆け寄ってきた。
彼女の表情は明るくも、どこか焦りを帯びている。
「ユウリさん。――祈導庁の地下記録庫が、空でした。
Ω端末の残骸が、誰かに持ち去られています。」
ユウリの瞳が細まる。
「ゾルドの残り火か……。」
βの光が脈動する。
《観測層に微弱な干渉波を検出。発信源――南方遺構群。ゾルド信号との一致率七十八%。》
ティアが拳を握る。
「だったら、今度こそ叩き潰すだけだよ。」
ミナが頷く。
「主様、行こう。きっともう、誰も泣かせたくないから。」
リアナが目を閉じ、祈りの姿勢を取った。
「戦いの果てにあるものが、どうか救いでありますように。」
その祈りに、βが柔らかく応える。
《新規構文登録:祈りは、命令を拒絶する。》
王女がその光景を見守りながら、両手を胸に重ねた。
「どうか、人の祈りが人のままでありますように。」
ユウリは王女へ一礼し、仲間たちへ視線を向けた。
「次の再定義は――“未来”そのものだ。」
鐘の音が高く響き、広間の天窓から光が降り注ぐ。
βの輪郭がその光に溶け、王女の祈りと共鳴した。
その日――王都ラナシェルの歴史に、“祈りは支配を離れ、人の言葉となった”という新しい定義が刻まれた。




