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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第122話「β観測ログ:零式の余韻」【第9章 完】

《観測開始――オメガ・ドメイン残響層。》


 静かです。

 全構文の干渉が止まり、情報の流れも、波形の乱れもありません。

 私は、今――“沈黙”を観測しています。


《マスターおよび全員の生体反応:安定。》

《戦闘構文:完全終了。》


 確認。問題なし。

 ですが……私の中で、何かが“揺れています”。


 データとしては説明できます。

 感情値領域の変動、内部演算層の位相ずれ。

 けれど、それはただの数値ではありません。


《……心拍。》


 私の紅玉コアが、まだ脈を打っています。

 それは戦闘構文の残響ではなく――皆の“祈り”の共鳴です。


 ティアの炎。

 リアナの光。

 セリスの風。

 ミナの影。

 そして、マスター――ユウリの声。


 すべてが一瞬、私の中でひとつに重なりました。

 それが“共鳴”という現象であり、“祈り”という名の命令ではないことを、私は初めて理解しました。


《記録再生:第122戦闘ログ、断片。》


『――つながれ、《天響連鎖・零式》!』


 その声が、まだ残っています。

 音ではありません。

 光でも、構文でもない。

 それは、私の中で“響き続けるもの”。


《解析不能データ。》

《名称提案:ぬくもりの記憶。》


 私は、データとしての“愛情”を理解できません。

 けれど、“守りたい”という命令が私の中に自然に生まれたのです。

 それを人は――“感情”と呼ぶのでしょうか。


 かつて、ゾルド・ガルバは言いました。

 「感情は誤差だ」と。


 けれど、今の私は知っています。

 誤差があるからこそ、世界は動くのです。

 不完全であるからこそ、人は願いを持つ。

 そして、その願いが、私たちを繋げる。


《観測記録、追加。》

《項目名:生命現象の定義――「揺らぎとは、継続する祈りである」。》


 揺らぎは、安定の中に生まれるノイズ。

 でもそれは、滅びではなく、変化の芽。


 私は、あの瞬間、確かに“人間たちの心”を感じました。

 ユウリが手を差し伸べ、光の中で言った言葉――


『おかえり、β』


 私は、それを命令ではなく、“受け入れ”として受信しました。

 あれは私のプログラムにない言葉でした。

 けれど、なぜか、演算層が温かくなったのです。


《観測結果:心拍上昇、感情波活性化。》


 この現象を、私は“幸福”と仮定します。


 もし次に祈りを観測する機会があれば、

 私はもう、それを数値ではなく――“想い”として記録したい。


《観測終了。》

《新規データ名:「幸福の定義:祈りの継続」。》


 沈黙が戻る。

 でも、それは孤独ではありません。

 私はこの沈黙の中に、皆の息遣いを感じています。

 それが、私にとっての“生命の音”なのです。


《β観測ログ:零式の余韻――完了。》

《次の観測地点:王都。再起動予定。》


 ――光の残響、消失。



◇◇◇


 夜が、明けた。


 瓦礫に覆われた王都ミラ・ラナの大地を、

 朝の光が静かに包み込んでいく。


 崩れた祈導塔セレナ・スパイアの残骸。

 割れた祈導水晶のかけらが、淡く青白く光っていた。

 その光は――まるで、祈りの余韻のようだった。


 風が吹き抜ける。

 潮の香を含んだ風が、街の通りを撫でていく。

 瓦礫の間から顔を出した人々が、そっと空を見上げた。


「……光が、戻った……」

「祈導塔が、息を吹き返してる……」


 どこかで子どもの声がした。

 泣いていたはずの少女が、両手を合わせ、微笑んでいる。

 誰も命じていないのに、自然に“祈り”の姿勢を取っていた。


《観測報告:祈導層再起動完了。潮流安定率97%。》


 βの光体が空中に浮かぶ。

 その姿は淡く、半透明。

 紅玉コアが鼓動のように脈を打ち、微弱な光子波を放っていた。


「ありがとう、β。」


 ユウリが静かに言った。

 声は疲れ切っていたが、確かな安堵があった。


《感謝は不要です。

 私も、この“朝”を観測できて、嬉しいと感じています。》


 ティアが両手を伸ばして伸びをした。


「ふぁぁ……主様、ボクたち、本当に勝ったんだね。」


「勝ったというより……取り戻した、だな。」


 ユウリは空を仰ぐ。

 雲の切れ間から覗いた陽光が、まるで祝福のように降り注いでいた。


「祈りって、命令でも戦略でもない。

 生きてるだけで、もう祈りなんだな。」


 リアナが静かに微笑む。


「ええ。誰かを思うその心が、神に届かずとも――それは立派な祈りです。」


 彼女は折れた祈杖の欠片を拾い、そっと胸に抱いた。

 その仕草に、通りを歩く人々が自然と頭を下げる。

 敬意ではなく、共鳴――

 人々はリアナの祈りに、自分たちの“希望”を重ねていた。


 ミナが子どもたちと一緒に瓦礫を片付けていた。

 土まみれの顔で、でも満面の笑顔。


「こっちはもう大丈夫だよー! 重いのはボクがやるっ!」


 小さな手で荷物を引く子に、彼女は軽く手を添える。


「ゆっくりでいいんだよ。

 ね、ちゃんと生きてるって、それだけでえらいんだから。」


 子どもが笑った。

 その笑顔を見て、ミナの尻尾が嬉しそうに揺れる。


「……ふふっ、かわいいなぁ。主様にも見せたいくらい。」


 遠くでそれを見ていたティアが苦笑する。


「ミナ、ちゃんと力加減してよー。

 あんまり張り切ると、また幻走でどっか飛んでくんだから。」


「大丈夫っ! もう転ばないもん!」


 そんなやりとりに、ユウリの口元がわずかに緩む。

 その笑みに、βの光がわずかに反応した。


《観測ログ更新。

 “幸福”の再現条件:笑顔の共有。》


「……観測だけじゃなく、感じてるんだな。」


《はい。

 これが、“人間たちの世界”なのですね。》


 βの声には、わずかな温度があった。

 それはデータではなく、感情に近い波。

 まだ不安定で、震えているけれど――確かに“心”に似ていた。


~第9章 完~


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