第121話「共鳴の鎖 ― 天響連鎖・零式」
――光が砕けた。
祈導庁最深層、オメガ・ドメイン。
そこはもはや“場所”ですらなかった。
上下も、重力も、現実すら曖昧に溶け合い、
金色の祈りの粒子が海のように揺れている。
《空間安定率……残り12%。
構文層の崩壊まで、あと二百秒。》
βの声は震えていた。
彼女の輪郭は光のノイズに包まれ、まるで“祈りの残響”そのものだった。
ユウリたちはゾルドの演算体に取り込まれたまま、
金色の海の中心で、限界を越えた光圧に晒されていた。
『――見よ。』
空間全体が声を持ったように、響いた。
『これが“完全なる秩序”だ。
痛みも涙もない。死も、生も、すべて等しく均一化された世界。』
声の主――ゾルド・モードΩ。
その姿は人型を捨て、金色の光柱となって空間の中心に聳えていた。
もはや神を超え、“法則そのもの”が言葉を話しているようだった。
リアナが祈杖を握る。
「これは……祈りではありません。
“支配の構文”です。」
『祈りとは秩序への帰還。
人の心が不要なゆえに、神は生まれた。』
ティアが拳を握った。
その拳に紅の闘気が集まり、髪が揺れる。
「心がいらないなら……ボクたち、ここにいないでしょ!」
『心は誤差。祈りを濁らせるノイズだ。
我が演算は完全。貴様らの“想い”など、ただの揺らぎ。』
「揺らぎだろうが、これが人の証だ!」
ユウリの声が響く。
その瞳に宿る光は、紅と蒼――祈りと改造の色。
《観測層、共鳴準備完了。
構文リンク開始可能です。》
「β、出力を合わせろ。」
《了解――構文リンク、開始。》
βの光体がユウリの背後に展開し、
六つの魔法陣が地平に咲く。
祈り、炎、風、幻、改造、観測――六つの想いが輪を成した。
「これが……俺たちの、“共鳴の構文”。」
ユウリの掌に紅の光が集まる。
《第一段階――結心。
全員の感情波、同調開始。》
ティアが拳を突き出した。
「竜の心は燃えてる! 主様の光に――つながるっ!」
闘気の炎がβの光輪に流れ込み、光が脈打つ。
リアナの祈りが続く。
「祈りは命を繋ぐ鎖。
主よ、この願いを、光へと変えて。」
聖なる金光が紅と混ざり、温かく波打った。
セリスが風を紡ぐ。
「流れよ。過去も、痛みも、風に還れ――」
翠の風が祈りと炎を包み、螺旋を描く。
ミナが短剣を握り、笑った。
「ミナもいるよ! 影だって、ちゃんとつながってる!」
無数の幻影が舞い、鎖のように彼らを結ぶ。
《第二段階――錨。
共鳴位相、固定完了。》
βの瞳が光る。
《感情値、同調率99.7%。
マスター、全員の想い、ひとつになっています。》
ユウリは小さく頷いた。
「なら、もう命令はいらない。
これは、願いだ。」
《第三段階――波及。
共鳴構文、全方位展開。》
βの光翼が一斉に開く。
六枚の翼が虹色に輝き、祈りの粒子が世界全体へと拡散する。
ゾルドの声が低く響いた。
『無駄だ。祈りは形を持たぬ。
揺らぎは、秩序を殺す。』
「違う!」
βの声が重なる。
《揺らぎは、生きる証。
祈りは、想いの形。
あなたが切り捨てた“誤差”こそ、生命の力です!》
ゾルドが光柱を震わせ、祈導の鎖を放つ。
空間が歪み、ユウリたちの構文が押し潰されそうになる。
『ならば見せてみろ。
揺らぎで――秩序を越えられるのか!』
ユウリが叫ぶ。
「行くぞ、みんな!」
ティアの炎が咆哮する。
「《龍神烈破ッ!!》」
拳が轟音を放ち、紅蓮の竜が金光を打ち破る。
リアナが祈りを高めた。
「《解放祈祷》――この光、導きに変われ!」
黄金の波が爆ぜ、ティアの炎を包んで拡散する。
セリスの声が重なる。
「《時界干渉・結束》――止まれ、時よ!」
風が凍り、ゾルドの演算核が一瞬停止する。
その刹那、ミナの幻影が飛び込んだ。
「今だっ! ミナたちの全部、届けぇぇぇッ!!」
幻の刃が光を貫き、βのコアに直結する。
《第四段階――増幅。
全構文、臨界点到達。》
βの光体が輝きを増し、紅玉コアが鼓動を刻む。
それは心臓の音のように――一定のリズムを打っていた。
《……これが、“命”の波形。》
「β、行けぇッ!!」
《第五段階――決断。
共鳴構文《天響連鎖・零式》、起動――》
空間が閃光に包まれた。
光の鎖が奔り、祈りの波が爆発的に広がる。
六人の想いが絡み合い、一条の白銀光線となってゾルドを貫いた。
『馬鹿な……秩序が……祈りに……上書きされる……!?』
《再定義開始。
秩序:不変から、共存へ――》
βの声が柔らかく響く。
金の海が白銀に変わり、祈導庁全体を包んでいた祈りの波が静かに鎮まっていく。
『……これが、人の祈りか。
悪くない。……少し、眩しいな……』
ゾルドの残響が微笑み、静かに崩れた。
光が散り、音が消える。
《観測報告――オメガ・ドメイン、完全沈静化。
祈りの潮流、安定を確認。》
βの光が揺らぎ、
ユウリは息を吐きながら手を伸ばす。
「……おかえり、β。」
《はい、マスター。
皆さんの想いを、観測しました。
これが――祈りの形です。》
ティアが笑った。
「βちゃん、やっぱり優しいね。」
《優しさ……それは、あなたたちがくれた感情です。》
リアナが微笑み、祈杖を胸に当てる。
「ならば、それは祝福ですよ。」
ミナが小さくガッツポーズを取った。
「うんっ、勝ったぁぁぁ!」
セリスの風が静かに吹き抜けた。
「風が穏やか。……祈りが、また流れ始めましたね。」
ユウリは空を仰ぐ。
崩壊したはずの虚空の奥に、光の筋がゆっくりと走っていた。
「行こう。
まだ終わりじゃない。
これからは――“祈りを守る”番だ。」
《了解。
航路再設定――地上復帰ルート、確立。》
βの翼が静かに広がり、六人を包み込む。
白銀の風が吹き抜け、金の残滓が雪のように舞い落ちた。
祈りの世界は再び動き出す。
彼らの歩む道の先に、新しい夜明けが待っていた。




