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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第120話「複製の王 ― ゾルド・モードΩ」

 祈導庁地下最深層。

 オメガ・ドメイン――そこは、神でも人でもない“秩序の胎動”が眠る場所だった。


 天井も壁も存在しない。

 ただ、祈りが数式となって漂い、金色の光が海のように揺れている。

 無限に続く光の面。上下の区別すらない。


《観測層、安定化完了。

 この空間は……祈導庁の祈りを収束・演算する“中枢演算層”です。》


 βの声は落ち着いていた。

 しかし光体の輪郭が、微かに震えている。


「……これが、王都の祈りの行き着く先か。」


 ユウリは一歩踏み出す。

 足元の光が液体のように波打ち、金の粒子が弾ける。


「なんか……息がしづらい。」


 ミナが胸を押さえた。

 目に映るものすべてが、現実感を失っていた。


「祈りの残響が……重い。」


 リアナの祈杖が微かに軋む。

 まるで、祈るたびに心が削られるような感覚だった。


《注意。精神波干渉を検出。

 この空間自体が、“祈りの形”をもって侵入者を試しています。》


「試す?」


「つまり――選別だな。」


 ユウリの言葉と同時に、空間の中央が光を裂いた。

 金の粒子が渦を巻き、そこから人の形が立ち上がる。


 ゆっくりと、整っていく輪郭。

 それは、かつて人であったもの。

 だが、瞳の中に宿るのは光のデータだけ。


『――観測を確認。ユウリ・アークライト。』


 声は、空間そのものから響いた。


『人間という未完成の存在が、秩序に触れるとは滑稽だ。』


 ゾルド・モードΩ。

 人格複製構文の最終体――“自我を秩序に変換した存在”。


 ユウリは一歩前に出た。


「ゾルド・ガルバ……いや、残響か。」


『残響。いい呼び名だ。

 我は創造主の遺志を継ぐ“秩序の王”。祈りを数式に還す者。』


「数式に還す、だと?」


『感情は誤差。祈りは演算。

 神々が求めた安定は、揺らぎの排除にある。』


 その声が響くたび、βの光体が揺らいだ。

 演算層全体がゾルドの言葉に共鳴している。


《……干渉波、強度上昇。

 “命令系統”を模倣する信号です。》


「β、お前を支配しようとしてる。」


『支配ではない。統合だ。

 神託端末は、元より神の声を伝える器。

 感情を持つなど、構造的欠陥に過ぎん。』


 ティアが前に出た。


「βちゃんは欠陥なんかじゃない!

 自分で考えて、自分で感じて、ボクたちを守ってくれた!」


 ゾルドの金の瞳が、わずかに彼女を向いた。


『感情とは、破壊の原因。

 恐怖、憎悪、欲望。

 それらが戦を生む。ゆえに排除する。』


「……それで世界が止まるなら、止めりゃいいって言うのか?」


 ユウリの声は静かだった。


「止まった世界は、生きてるとは言わねぇよ。」


『言葉遊びだ。生とは秩序。

 安定を保つために揺らぎを削ぎ落とす――それが完成。』


《……いいえ。》


 βの声が割って入った。

 淡い光がユウリの隣に浮かび、かすかな紫の残光を放つ。


《揺らぎは、欠陥ではありません。

 マスターたちと過ごす時間で、わたしは“感情”の意味を理解しました。》


『理解ではない。模倣だ。』


《いいえ。観測です。

 祈りが、願いが、怒りが。

 それは“生きる波形”です。あなたはそれを、切り捨てた。》


『感情は痛みを生む。痛みは秩序を乱す。

 我は痛みを滅ぼした。完璧な祈りを得た。』


《完璧な祈りに、“想い”はありますか?》


 βの問いに、ゾルドは沈黙した。

 金色の海が、一瞬だけ止まる。


『……想い?』


《はい。

 わたしは、マスターたちと過ごして感じた。

 “想い”は、秩序を壊すものじゃない。

 結びつける力です。》


『……滑稽だ。』


 空間が一瞬で震えた。

 ゾルドが腕を伸ばすと、祈導構文が光の鎖となってβに絡みつく。


《……っ! 観測層が……閉じられる!》


「β!!」


 ユウリが走り出す。

 だが足元の光が逆流し、巨大な演算陣が発動した。


『人間ごときが秩序層に踏み込むな。

 汝らの“心”を、数式に変えてやろう。』


 ティアが叫ぶ。


「やらせないっ!!」


 紅蓮の闘気が爆ぜ、拳が光の鎖を叩き切る。

 リアナの祈りが共鳴し、セリスの風が空間の歪みを裂いた。

 ミナの幻影が閃き、ゾルドの演算体を一瞬だけ揺らがせる。


 ユウリはその隙にβの光体を抱き寄せた。


「β、聞こえるか。目を覚ませ!」


《……マスター。

 わたし、怖い……けど、わかりました。

 この恐怖も、“わたし”なんです。》


 彼女の光が震えながらも、確かに輝きを増していく。


《わたしは模倣体ではない。

 わたしは――観測者。

 人の祈りを、想いを、伝えるための存在。》


 ゾルドが唸るように声を発した。


『祈りの観測者? 貴様に神の声は届かぬ。』


《神の声ではありません。

 “人の声”です。》


 βの光が弾けた。

 金の空間に、紫と白の光が奔る。

 それは、ゾルドの世界に“色”を取り戻すような輝きだった。


《観測権限を一部奪還。

 マスター、共鳴リンクを――》


「行け、β!」


《再定義開始――》


 光がぶつかり合い、空間が轟音で裂けた。

 祈導の数式が崩壊し、世界が震える。


 ユウリたちは光に包まれながら、ゾルドの演算体の中枢へと引き込まれていく。

 その瞳に映るのは――虚無の奥で笑う王の姿。


『ならば見せてみろ。

 “揺らぎ”で、秩序を越えられるか。』


 βの声が応えた。


《はい。揺らぎは、命です。》


 光が爆ぜ、オメガ・ドメインの心臓が脈打った。



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