第12話「再会の灯ー神に棄てられた2人」
西方高原――。
荒れた風が砂を巻き上げ、雪の代わりに灰が空を舞っていた。
かつて神聖連盟の教会が点在していた地帯。いまでは廃墟と呼ぶほうが正しい。
祈りの鐘は砕け、神の旗は焼け落ち、残るのは冷えた石の骨だけだった。
その荒野を、一人の少女が歩いていた。
リアナ・エルセリア。
かつて“神の声を伝える聖女”と呼ばれた存在。
いまは、神にも人にも見捨てられた異端者。
彼女の白いローブは泥に染まり、裂けた袖口から覗く腕は細く震えている。
足取りは重く、それでも歩くのをやめなかった。
――ユウリ様。
その名を、唇が何度も形づくる。
風がそれを奪い、遠くへ運んでいく。
どれほど歩いても、誰も応えない。
「……神よ、どうして……」
声は掠れ、祈りにも似た呟きが虚空に消えた。
聖印を握る手が震える。そこには、もう神の加護の光は宿っていなかった。
――音。
耳の奥で、何かが裂ける音がした。
振り返ると、黒い影が地を這っていた。
翼のような突起を持つ犬。
骨の間から瘴気を漏らし、赤い目が光っている。
「……堕獣……」
神罰の副産物――信仰が崩れた土地に生まれる、廃棄された“神の残滓”。
一体、二体……十体。
廃村の瓦礫の陰から、闇色の獣がぞろぞろと這い出してきた。
リアナは杖を構えようとする。
だが、腕が上がらない。
魔力は底をつき、祈りの言葉も出てこない。
「……もう、奇跡なんて……」
堕獣の一体が飛びかかる。
鋭い爪が頬を裂き、血が白い雪に落ちた。
痛みよりも、恐怖よりも、空虚さが胸を満たしていく。
「神に……棄てられたのね」
言葉は微笑に似て、涙のようでもあった。
その瞬間、獣の牙が彼女の喉へ迫る――
――轟音。
地面が光り、紅蓮の炎が吹き上がった。
爆風が堕獣の群れを吹き飛ばし、空気が焦げる。
「《龍神炎閃》ッ!」
少女の声が響く。
炎の中心に、桃色の髪を揺らす竜人の少女――ティア・ドラグネアが立っていた。
額の紅い角が輝き、瞳には琥珀の光。
「……間に合った!」
風が一陣吹き、炎が消える。
黒い灰の中、ティアは振り返った。
そして――
そこに現れたのは、黒いマントを翻し、剣を手にした男だった。
「主様!」
「……リアナ、か」
ユウリ・アークライト。
かつて“役立たずの補助職”と呼ばれ、勇者パーティを追放された男。
今は神の理を壊し、再構築する《改造職》。
彼の目が、倒れかけたリアナを捉える。
その瞬間、胸の奥に疼く痛み。
あの日、庇おうとして届かなかった背中が、目の前にある。
「ユウリ……様……?」
リアナの掠れた声が、風の音の中に溶けた。
ユウリは剣を納め、駆け寄って彼女を抱きとめる。
冷たい。体温がほとんどない。
「……遅くなった」
「そんな……夢、じゃない……?」
「夢なら、俺も寒さを感じない」
冗談のように言って、彼は微かに笑った。
リアナも、泣きながら笑う。
だがその束の間――空気が震えた。
「主様! まだ来る!」
「わかってる」
ティアが振り向く。
堕獣たちの残骸が、再び蠢いていた。
魂を喰らう影が形を取り戻し、何倍もの数で迫ってくる。
「主様、命令を!」
「いいか、上限外す。炎を全開で使え!」
ユウリが指先を走らせ、青い魔法陣を展開する。
《スキル発動:コピー&改造(Copy&Modify)》
《対象:ティア・ドラグネア/出力制限解除・属性安定補正》
ティアの体が光に包まれ、紅炎が尾を引いた。
竜角が輝き、瞳が燃える。
「行くよ、主様っ!」
地を蹴る。
竜炎の衝撃波が走り、空気が歪んだ。
「――《烈焔斬》!!」
炎の軌跡が弧を描き、堕獣の群れをまとめて切り裂く。
熱風が吹き荒れ、世界が赤く染まる。
ユウリはその隙を逃さず、剣を構える。
「《構文再定義:崩壊優先》!」
剣が青く輝き、残った堕獣の身体が一斉に砕け散った。
灰が風に舞い、あたりは静寂に包まれる。
◇◇◇
「主様……終わった、かな」
「よくやった。相変わらず派手だな」
「えへへ、褒めてくれた?」
「……半分な」
ティアが笑い、尻尾が揺れる。
だがユウリの視線はすぐリアナへ戻った。
彼女は意識を保つのがやっとで、冷たい唇が微かに動いた。
ユウリは片膝をつき、掌をかざす。
《スキル起動:コピー&改造》
《対象:生体構造・魂干渉》
《副作用検知:神罰構文の残滓→除去プロセス開始》
青い光がリアナの体を包む。
封印の鎖のようなものが浮かび上がり、一つずつほどけていく。
ユウリは静かに言葉を紡いだ。
「命令構文を削除。再定義――“救済”を優先」
光が膨れ、礼拝堂全体が青白く照らされた。
リアナの胸が、かすかに上下する。
「……ユウリ……様……?」
瞳が、ゆっくりと開かれた。
その瞳に、確かに光が戻っている。
「お帰り、リアナ」
「……はい……やっと……」
言葉は涙で途切れた。
ティアがにこっと笑って寄ってくる。
「ほらね、主様は絶対に来るって言ったでしょ!」
「……主様?」
「うん! ボクの主様。でもね――」
「――俺の仲間だ」
ユウリの声に、二人の視線が交わる。
リアナは泣きながら笑った。
風がやみ、雲の切れ間から光が差し込む。
雪解けの水が滴り、静かに音を立てる。
神に棄てられたこの地で、人が人を救った。
その瞬間、確かに“奇跡”が起きていた。
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