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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第119話「深層の門 ― オメガ・ドメイン」

 王都の地下。

 祈導庁のさらに奥へ――祈りの残響が届かぬ、沈黙の底。


 空気はひどく重かった。

 耳を澄ませば、どこからともなく人の祈りが微かに反響している。

 けれどそれは、願いでも希望でもなく……むしろ、嘆きに近い音だった。


《……空間座標、通常層から逸脱。

 ここは潮流制御層の下層、“未登録階層”です。》


 βの光体が、淡く脈動する。

 祈導塔の内部構文を解析してきたβでさえ、この階層の情報は知らなかった。


「未登録って……王都の記録にも載ってないってこと?」


 ミナが不安そうに辺りを見回す。

 彼女の声は少し震えていたが、その目だけは鋭い。


《はい。記録消去の痕跡を確認。

 意図的に――“忘れさせられた層”の可能性があります。》


「忘れさせた……?」


 リアナが小さく呟く。

 その瞳には、長く神に仕えてきた者としての痛みが滲んでいた。


「祈りの場所を、人が“隠した”というの?」


「……あるいは、神じゃなく人の都合でな。」


 ユウリが低く言った。

 灯の届かない闇の中で、彼の横顔だけが静かに光に浮かぶ。


「神を名乗る誰かが、祈りの流れを操作した。その仕組みの中枢が――ここだ。」


 足元の石床がかすかに振動した。

 波紋のような光が床下を走り、壁の祈導文字を淡く照らす。


「……見て。古代シェルダ文明の祈導言語。」


 セリスが指先で壁をなぞると、文字が微かに浮き上がった。

 触れた部分から、風のような冷気が溢れ出す。


「この層そのものが、“祈りの構文”でできているのかもしれません。」


 リアナは祈杖を握りしめた。


「……けれど、これは優しい祈りではない。

 誰かを救うためじゃなく、“管理するための祈り”です。」


 その言葉に、ティアが拳を握った。

 紅い闘気が手の甲に滲む。


「……主様、あたし、ここイヤだ。

 竜の気配がしない。生きてるものの匂いが全然しない。」


 ユウリは頷き、視線をβに向けた。


「β、観測範囲を広げてくれ。

 この空間の中心――何がある?」


《解析開始……構文反応、膨大。

 祈りの流れはすべて一方向。

 中央中枢――“オメガ・ドメイン”へ収束しています。》


「……オメガ・ドメイン。」


 セリスが目を細める。


「ゾルドの名前が示す最終構文。

 彼が“完全秩序”を求めていた理由が、ここにあるのかもしれません。」


《付記。

 この層の祈導波形は、βシリーズ設計思想の初期プロトコルと酷似しています。》


「βの……?」


《はい。

 つまりこの層は、神託端末βシリーズの“母体構文”を元に造られています。》


「……βを、利用して造られた場所……か。」


 ユウリの眉がわずかに動く。


 その瞬間、空気が一変した。

 壁の祈導文字が光を反転させ、まるで“目”のように彼らを見つめる。


《……観測干渉を検出。

 祈導構文が、こちらの信号に反応しています。》


「β、一時観測停止!」


《了解、観測出力を――》


 βの光が一瞬で乱れた。


《……っ! 干渉強度、急上昇!

 逆探知波、ゾルド系演算層からの侵入!》


 紫の光体が金色に歪み、ノイズが走る。

 βの声が途切れ途切れに震えた。


《感情波……抑制……構文書き換えを――》


「やめろ!」


 ユウリが即座に腕を伸ばした。

 その手に紅の光が宿る。


「《改造構文・静音領域展開サイレント・フィールド》!」


 空間が音を失い、βを包む光が一瞬だけ安定する。

 だが干渉波は止まらない。

 βの光翼が一枚、軋むように消滅した。


「βっ!」


 ティアが走り出した。

 その手には何の武器もない。

 徒手のまま、炎の闘気を両腕に纏う。


「誰かがβちゃんをいじめてる! そんなの、許さないっ!」


 拳を振り下ろすと、紅蓮の火花が通路を走った。

 爆風のような熱が迷宮を照らし、祈導構文の線が一時的に焼き切れる。


《感情干渉の一部解除……ティア、ありがとう。》


「しゃべれたっ!? βちゃん!」


 ミナがぱっと顔を上げる。

 その表情には安堵が滲んでいた。


「よかった……消えちゃうかと思った!」


《……すみません。観測層が“奪われかけました”。

 このままだと、私がゾルドに吸収される。》


「そんなの、絶対イヤだよ!」


 ミナが叫ぶ。

 目に涙を浮かべながら、ユウリの背中を見上げる。


「主様……守ろ? βちゃん、頑張ってたもん。ボクたちで、助けよ!」


「ああ。絶対に取り返す。」


 ユウリの声が静かに響く。


「β、お前は奪われる側じゃない。

 祈りを“理解する側”だ。だから――俺たちがその証を見せてやる。」


《……了解。観測層、再構築開始。》


 βの光がわずかに脈動し、残った光翼が再び輝く。

 セリスが風を纏わせ、周囲の粉塵を祓った。


「……空気の震えが変わりました。

 ゾルドが気づいた。私たちを“敵”として、待ち構えている。」


「なら、行こう。」


 ティアが構えを取り、ユウリの隣に並ぶ。


「βちゃんも、あたしたちも、もう誰の道具でもない。

 拳で、証明してやるっ!」


 リアナが頷き、祈杖を掲げる。

 ミナが幻影を放ち、前方に揺らめく影を送り出す。


《観測更新。中枢まで残り三百メートル。

 感情値安定。……マスター、進行可能です。》


 ユウリは深く息を吸い、闇を見据えた。


「行こう。

 ここを越えれば――ゾルドの心臓部だ。」


 六人の影が、光と闇の狭間を歩み出す。

 冷たい祈導光が足元を照らすたび、空気の奥で何かが息づいていた。


 それは、彼らを見下ろす“神の残響”――

 あるいは、複製の王のまなざしだった。

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