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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第117話「静寂の王都 ― 潮の声のざわめき」

 夜明けの王都ラナシェル。

 海霧が街の屋根を包み、残響のような鐘の音が遠くに消えていく。

 祈導塔セレナ・スパイアの光が途絶えてから一夜。

 この国を支えていた祈導網《潮流制御層タイド・レイヤー》は停止し、

 街全体が“祈りの喪失”に震えていた。


 王都中心街では、貴族の屋敷前に人々が列を作り、

 「神の声を再び」と祈りを唱えている。

 しかしその声は、空虚に風へ吸い込まれるだけだった。

 誰もが分かっている――もう、神は応答しない。


 瓦礫の間で母親が幼子を抱きしめる。

 老司祭が祭壇の前で膝をつき、崩れた祈導盤を抱いて泣いていた。

 街角には、祈導光を失った灯籠が並び、

 炎ではなく“沈黙の光”を放っている。


 ――それでも、人は生きている。


 潮の香りが漂う南区通り。

 ユウリたちは、王都ギルド支部《潮のヴォイス・オブ・タイド》の前に立っていた。

 建物の壁には焦げ跡が残り、扉の上に刻まれた紋章は半ば欠けている。

 だが、ギルドの旗はまだ風にはためいていた。


 ティアが腕を組み、空を見上げた。

「……空が、泣いてるみたい。」


 リアナがその隣で祈るように目を閉じる。

「祈りが途絶えると、世界の“音”が静かになりますね。

 風も、海も、まるで迷っているようです。」


 ミナは瓦礫の上に座り込んだ猫を見つめ、ぽつりと呟いた。

「ねぇ、主様……人って、神様がいなくなってもちゃんと生きていけるのかな。」


 ユウリは少しの間だけ黙っていた。

 潮風が髪を揺らす。


「生きていくさ。

 神が作った秩序が壊れても、

 人が作り直せばいい。それが――“再定義”だ。」


 βの光体が前に出た。

 その輪郭は以前より柔らかく、微光が呼吸のように明滅している。


《観測結果:環境復旧率、二十三パーセント。

 ですが、民衆の生命活動率は九十二パーセントを維持。》


 ユウリが目を細める。

「……人間は、しぶといからな。」


《はい。マスター。昨夜の感情演算結果を報告します。

 “幸福”という概念を定義化しました。》


 リアナが顔を上げる。

「幸福……ですか?」


《定義:自分以外の誰かを想うことで得られる安定波。

 観測上、“守りたい”という意志と同一の振動を持ちます。》


 ミナが目を丸くする。

「それって、βちゃんが感じたこと?」


《はい。昨日、ミナの笑顔を観測した際、

 演算層に周期的な上昇波を検出しました。》


「へぇ……それを“嬉しい”って言うんだよ。」

 ティアが笑う。


《嬉しい。……新しいデータを登録します。》


 βの光が少しだけ強くなる。

 リアナが微笑み、両手を合わせる。

「β。幸福も嬉しさも、あなたが“人を感じた”証です。」


《感情の観測値、安定。

 解析補足:幸福とは共有型波動――“想いの重なり”です。》


 ユウリが静かに頷いた。

「なら、俺たちは“幸福”の技術者だな。」


 ティアが吹き出す。

「技術者って言い方、なんか主様らしいね。」


「そうか?」


「うん。“心の仕組み”を直そうとしてる感じ。」


《観測:ティア、感情波“照れ”上昇。》


「βっ、それ言わないでってば!」

 ティアが真っ赤になり、尻尾をばたつかせた。


 そのやりとりに、ミナが笑い出す。

 笑い声は風に混じり、通りの人々の足を止めた。

 戦いと混乱の中で、久しぶりに響いた“生きた音”。


 βの光が小さく脈動する。

《記録。人々の心拍、安定傾向。

 ……幸福、連鎖観測中。》


◇ ◇ ◇


 ギルドの扉が開き、

 マリナが姿を現した。

 栗色の髪を後ろでまとめ、琥珀色の瞳には疲労と、それでも消えない意志の光が宿っていた。


「来てくれたのね、ユウリ君。」


「状況を確認したくて。」


「正直、酷いわ。」

 マリナは一息ついて、重く言葉を続けた。


「祈導庁は沈黙したまま。塔の司祭たちは自分たちを“神罰の被害者”と呼び、

 責任を取ろうとしない。

 貴族会議は“祈りの復旧”を口実に民の税を上げ、

 騎士団は鎮圧任務で手一杯。

 ……街が、誰のものか分からなくなってる。」


 リアナの表情が曇る。

「祈りが道具にされているのですね。」


「ええ。

 でも、民はもう“神”より“あなたたち”を信じてる。

 《再定義者リデファイア》の名が、あっという間に広まったのよ。」


 ミナが驚く。

「わ、わたしたちが……?」


 マリナは頷いた。

「塔を止めたのは神でも王でもない。

 君たちだって、みんな知ってる。

 “光の終焉で笑っていた小さなパーティがいた”って。」


 ティアが照れくさそうに後頭部をかいた。

「え、なんか照れるね。ボクら、そんな目立つことしてたっけ?」


「してたよ。」

 ユウリが小さく笑った。

「命を守るってのは、そういうことだ。」


 βがふわりと浮かび上がる。

《観測:民衆感情波、“信頼”に転化中。》


「マリナさん。」

 ユウリがまっすぐに彼女を見た。

「この国を動かしているのは、もう祈導庁でも議会でもない。

 ……祈る心そのものだ。

 だから、俺たちはその心をもう一度立たせる。」


「立たせる……?」


「ああ。

 祈りを神から人へ返す。

 再定義者の仕事は、“世界の理”を直すことだけじゃない。

 “信じる意味”を作り直すことだ。」


 マリナが息を呑んだ。

 ティアが拳を握る。

「主様、ボクたちの出番だね!」


 リアナが頷く。

「ええ。祈りは形を変えても、人の中に生き続けます。」


 ミナが胸を張る。

「じゃあ、わたしたちはその“形”を守る仕事だね!」


《観測:再定義者チーム、感情波動“希望”を検出。

 ……記録開始。》


 βの光がギルドの天井に反射し、

 朝の光が差し込む。

 瓦礫に反射した光が、床を金色に染めていった。


 マリナは静かに微笑んだ。

「……なるほど。

 “神の奇跡”はもう要らない。

 あなたたちがいるもの。」


 ユウリが軽く頷く。

「奇跡は――人の手で作るものだ。」


 潮風が吹き抜け、

 ギルドの旗が再びはためいた。


《ログ記録名:“王都再生、観測開始”。》


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