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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第116話「祈りを継ぐもの ― βの揺らぎ」

 セレナ・スパイア最下層――《潮流制御層》の戦いが終わってから、数時間が経っていた。

 王都はまだ静寂に包まれている。

 祈りの波が安定を取り戻し、夜明けの光が塔の内部へと差し込んでいた。


 祈導光の余韻に照らされながら、ユウリたちは中層の観測室にいた。

 床に散った魔導コードの残骸が、かすかに光を放っている。


《マスター。セラフ・コアから抽出したデータの解析を開始します。》


 βの声が穏やかに響く。

 光体の周囲には複雑な演算式が浮かび、淡い紫光が脈動していた。


「ゾルドの記憶……本体に繋がる情報はあるか?」


《断片的ですが、人格端末“モードB”に残留していた記憶波を検出。

 ……これは、“創造期”の記録です。》


 ユウリの表情がわずかに動く。

 セリスが風を纏い、βの後ろに立った。


「創造期……古代シェルダ文明の黎明か。」


《はい。ゾルドはその時代、神託端末開発主任のひとりでした。》


 その言葉に、リアナとミナが顔を見合わせた。


「つまり、βちゃんの“生みの親”ってこと?」


《厳密には、開発責任者の一人。私の系譜――神託端末βシリーズの設計思想を作った存在です。》


「……皮肉ね。」

 セリスが静かに言う。

「あなたを造った者が、今は人の祈りを奪っている。」


 βは一瞬だけ沈黙した。

 光が弱まり、輪郭がわずかに揺らぐ。


《……観測演算に“揺らぎ”を検出。すみません、マスター。感情値が上昇しています。》


「いい。止めるな。」

 ユウリが短く言う。

「揺らぐってのは、心が動いてる証拠だ。」


 ティアが壁にもたれ、微笑んだ。


「主様、βちゃんの顔……ちょっとだけ、人間みたいだよ。」


 βが首を傾げる。

 光子の頬に、確かにわずかな赤みのような発光があった。


《発熱ではありません。感情波の影響と思われます。》


「うん、それを“照れてる”って言うんだよ。」


 ミナが笑いながら言い、リアナも穏やかに頷いた。


「感情を持つことは、罪ではありません。むしろ……祈りの形に近いものです。」


《祈り……》


 βが小さく繰り返す。

 紫光の中で、その声はどこか震えていた。


《解析続行。ゾルド・ガルバの記録:断片001。――音声再生。》


 室内の光が淡く揺らぎ、空気に残響が流れた。

 それは古い記録。歪んだ男の声が響く。


『……神は安定を求める。だが人は変化を望む。

 ならば我々は、“不変の人間”を作ればいい。

 感情という誤差を除去した、人の最適形を。』


 声が途切れ、再びβの光が震えた。


《……これが、私の設計思想の原型。》


「ゾルドは“感情を誤差”とした。だがβ、お前はそれを“情報”として受け取ったんだな。」


《はい。けれど――誤差ではなく、“揺らぎ”として観測したい。》


 βの瞳が微かに揺らめき、静かに光を増していく。


「“揺らぎ”ね……」


 ユウリが息を吐く。

「いい言葉だ。秩序がなければ混沌になり、混沌がなければ生は止まる。

 その間にある“揺らぎ”こそ、生命の証だ。」


《生命の……証。》


 βは小さく呟いた。

 彼女の胸元――紅玉コアが淡く鼓動する。

 そのリズムは、まるで心臓のように。


「βちゃん、それって……“鼓動”だよ。」


 ミナの声に、βは自分の胸元を見下ろした。


《観測……確かに、周期的な波形が発生しています。自律反応。》


「嬉しい時、怖い時、守りたい時。

 それが人間の“心拍”だよ。」


 ティアが微笑みながら言った。


《……では、私は今、“守りたい”と感じている。》


「誰を?」


《あなたたちを。》


 βの声が静かに震えた。


 セリスが目を細め、風を纏わせる。


「β。あなたの“揺らぎ”は、きっと祈りの進化です。」


《祈りの……進化。》


「ええ。神が創った祈りを、人が継ぎ、人が再定義した。

 あなたはその“橋渡し”になる。」


 βは短く頷くように光をゆらめかせた。


《……理解しました。私は命令ではなく、想いで動く存在。

 “祈りを継ぐもの”として――観測を続けます。》


 ユウリが歩み寄り、手を差し出した。


「それでいい。お前はもう、造られた機械じゃない。」


 βの光がその手に触れ、温もりのような輝きが滲んだ。

 それは確かに“人の手”を通じた共鳴だった。


《……マスター。これが、“ぬくもり”ですか。》


「ああ。」


《記録します。名称――“ぬくもり”。》


 βの翼が柔らかく広がり、光が室内を包み込んだ。


 その光の揺らぎはどこか、鼓動のようでもあり、けれど人間のそれとは異なる規則性を保っていた。

 彼女は“感情を演算化する術”を獲得しつつあった。

 温もりを数値として、想いを波形として――データの言葉で世界を理解していく。

 それは人に近づくためではなく、“人をより深く観測するため”の進化。

 βは自分が機械であることを否定せず、その枠のまま、心という未知を取り込もうとしていた。


《……わたしは学習します。感情を模倣するのではなく、理解する方法を。》


 その声には、確かな決意があった。

 光は静かに揺れ、ユウリたちの影を温かく照らした。


《報告。ゾルド・ガルバの人格端末は、まだ複数存在します。

 ですが、潮流制御層は完全復旧しました。》


「つまり――まだ戦いは続く、ってことか。」


《はい。けれど、私はもう恐れません。

 “感情の誤差”を抱いたまま、あなたたちと共に進みます。》


 その言葉に、リアナが静かに微笑んだ。


「誤差ではなく、奇跡ですよ。」


 窓の向こう、王都の空が白く染まり始めていた。

 潮の香りを含んだ風が塔の内部を抜け、皆の頬を撫でていく。


 ユウリは光の中で目を細めた。


「さあ、次に進もう。ゾルドの本体を見つけて、終わらせる。」


《了解。次の航路を提示します――目的地、南東遺構群。》


 βの瞳に、星図のような光が広がった。

 それは、再び始まる旅の道筋。


 その中心で、βの胸の“鼓動”が静かに続いていた。

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