第114話「青の都ミラ・ラナ ― 潮流の下に潜む影」
水平線の向こうに、青く輝く都が見えた。
それは、まるで海そのものを模した巨大な街。
海流の上に浮かぶ三層都市――ラナシェル王国首都。
波の香りとともに、香辛料と鉄の匂いが混じる。
白い石造りの家々が階段状に重なり、中央には光を反射する巨大な水晶塔が立っていた。
「これが王都か……」
ユウリが呟く。
βが投影体を展開する。
《観測開始。ミラ・ラナ――人口十五万。王政・祈導庁・市民ギルドの三層構造。
上層に《王立祈導庁》、中層に行政区、下層に商業港があります。》
「三層ってことは、潮の流れまで制御してるってことだね」
ティアが感心したように見上げた。
「だけど……なんか空気が重い」
リアナが静かに首を振る。
「祈りの気配が……歪んでいます。まるで“命令”に変えられたみたい。」
風を読んでいたセリスが目を細めた。
「上層の塔。風が通っていません。意図的に“想い”を遮断している。」
「つまり、あそこが支配の中心ってわけか」
ユウリが短く言った。
βが補足する。
《祈導庁は信仰統制機関。祈りの量に応じて税が課されています。》
「祈り税……?」
リアナが顔を曇らせた。
「神への祈りに値段をつけるなんて……それは信仰ではありません。」
ティアが拳を握る。
「そんなの、ぜったいおかしいよ。主様、ボクたちで何とかしよう。」
「ああ。けど焦るな。俺たちは“壊す”より“直す”側だ。」
ユウリの言葉に、ティアがにっと笑った。
「……うん、分かってる。主様のやり方で、ね。」
◇◇◇
王都下層。
潮の匂いが強い商業港。
喧騒と活気の中、ユウリたちは市民ギルド《潮の声》を訪ねていた。
木造の二階建て。外壁には波の紋章が掲げられ、人々の出入りが絶えない。
扉を押し開けると、内部には冒険者と職人たちのざわめきが広がっていた。
「ようこそ。《潮の声》へ!」
受付カウンターの奥から、明るい声が響いた。
栗色の髪を後ろで束ねた女性が立っている。
琥珀色の瞳に芯の強さを宿した――《マリナ・シェルド》。
「あなたたち……もしかして、“光の修理屋”って呼ばれてる人たち?」
マリナの声に、ミナがぴょんと跳ねた。
「わっ、本当に噂になってるんだ!」
「名前は勝手につけられたけどな」
ユウリが苦笑する。
「ただの旅の修理屋だよ。」
マリナは首を横に振った。
「いいえ。あなたたちは王都でも話題です。沈黙した村を救った――“祈りを取り戻した人たち”。
……本当に、ありがとうございます。」
ティアが照れたように頭をかいた。
「えへへ。ボクたち、できることをしただけだよ。」
リアナが微笑む。
「祈りは誰のものでもありませんから。」
マリナは頷き、机の上に一枚の地図を広げた。
「実は、あなたたちにお願いしたいことがあるんです。
――《潮流制御層》。王都の下にある祈導庁の装置です。」
ユウリが眉を上げる。
「潮流制御層?」
「はい。海底の祈導機構を利用して、王国全域の“祈りの流れ”を管理している。
でも最近、そこからおかしな波が上がってきてるんです。」
βが淡く光る。
《解析補足。祈導庁内部装置からゾルド式信号の反応を検出。遠隔端末の可能性あり。》
「ゾルド……ここまで根を張ってるか」
ユウリの表情が険しくなる。
「行くつもりですか?」
マリナが問う。
「行くさ。放っておけない。」
「でも、地下には誰も戻ってこないんです。祈導兵も、技師も。」
そのとき、奥の扉が開いた。
白銀の鎧を着た青年が姿を現す。
短く刈られた金髪に、疲れを滲ませた瞳。
《カイル・エンデル》。祈導庁の元兵士であり、今は《潮の声》の副団長だ。
「……お前たちが、“光の修理屋”か。」
「ユウリ・アークライトだ。」
ユウリが名を告げる。
カイルは頷き、地図上の一点を指した。
「この下が“潮流制御層”。祈導庁が王都の祈りを吸い上げる心臓部だ。
行くなら、命を懸ける覚悟で行け。」
「覚悟なら、もう何度もしてる。」
ユウリの声が低く響く。
「……頼もしいな。」
カイルの目が少しだけ柔らかくなった。
「この街を変えられるのは、あんたたちみたいな人間かもしれない。」
ティアが笑う。
「だったら決まりだね! ボクたちで“潮の心臓”を直そう!」
セリスが静かに風を撫でる。
「……風が言っています。“閉じられた扉”を開く者が来たと。」
βがユウリを見上げた。
《マスター。目的地を再設定します。潮流制御層へ。》
「ああ。――行こう。」
◇◇◇
夜。
王都の上空を、月が静かに照らしていた。
潮風が屋根を撫で、遠くの海から波の鼓動が響く。
その中心――王都の象徴、巨大祈導塔。
青白い祈導光が天へ向かって瞬き、まるで神の心臓のように脈打っていた。
だが、その光の奥――制御層の最深部に、わずかな“赤”が混じっていた。
金属のような呼吸音。
静かな機械の囁き。
《……ゾルド・ガルバより指令波、受信。》
冷たい声が響く。
《対象コード:“光の修理屋”――再分類。観測優先から排除対象へ格上げ。》
同時に、祈導塔の内部に並ぶ無数の魔導端末が淡く赤光を帯びた。
光が回路を伝い、街全体の通信網をわずかに震わせる。
それは、誰にも気づかれぬ“戦争宣言”だった。
青の都の夜に、静かな戦いの気配が満ちていく。
祝福の鐘が鳴り終えたその夜――世界は、再び動き始めていた。




