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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第113話「沈黙の村 ― 潮騒の影」

 ラナシェル沿岸を離れて二日後。

 ユウリたちは、南東の孤立集落リヴァ・メイルに到着していた。


 陽光は変わらず強い。だが、その村には音がなかった。

 波の音すら掠れている。潮の香りも、どこか“止まって”いるように感じられた。


「……人気がないな」

 ユウリの声に、ティアが槍を構えて前に出る。

「主様、気配ゼロ。鳥も、虫も、何も動いてない。」

 ミナが耳を澄ましながら首を傾げる。

「風の音だけ……“幻影の村”みたい。」


 βが投影体を出し、周囲の波形を解析した。

《観測結果:魔力反応、極めて微弱。……ですが、祈り波の“残響”を検出しました。》

「祈り波?」リアナが眉をひそめる。

《はい。死者の祈りです。生きていた頃の“感情波”が、まだこの土地に留まっている。》

 リアナの瞳が細くなった。

「……この村の人たち、祈りごと奪われたのね。」

「ゾルドの構文残滓だな。」ユウリが短く言う。


 セリスが地を見つめ、手を翳す。

「風が……沈黙しています。命令ではなく、“恐れ”で縛られた風。」

 彼女の魔力が光を帯び、村の中心へと導く。

 そこには――巨大な“祈り碑”があった。


◇◇◇


 祈り碑。

 白い石柱が並び、すべての面に“祈導兵”の制御紋が刻まれている。

 βが静かに触れる。

《……この碑、祈りを“吸い上げる”装置です。》

「吸い上げる?」

《はい。祈りを神殿の上層構文に転送し、代わりに“沈黙”を残す。》


 リアナが悲痛な声で言った。

「神に祈ることすら、奪ったのね……!」

 ティアが拳を握る。

「主様、壊そう。こんなもん――!」

「待て。」

 ユウリが制止する。

「暴力で壊せば、残響が弾けて周囲に被害が出る。……β、解析開始。」

《了解。構文認証中――制御言語:ゾルド式神聖圧縮構文、第二層。》


 青白い光が碑全体を包む。

 βの瞳が一瞬、紫に染まる。

《――この碑を作ったのは、人間です。》

「……何?」


《ラナシェル神殿の“信仰管理局”。

 彼らが国民の祈りを“監査”するために設置していました。》


 沈黙が落ちた。

 ユウリの表情が、冷たく引き締まる。

「……信仰の名で、心を縛っていたわけか。」

《はい。人々の“願い”を神へではなく、支配層の記録装置に転送していました。》


 ティアが息を呑む。

「それって……“神に願ってるつもりで、誰かに支配されてた”ってこと?」

《その通りです。》

 βの声に、怒りが混ざる。

《……これは祈りではありません。命令の再利用です。》


◇◇◇


 ユウリが掌を前に出す。

「β、始めるぞ。」

《了解。改造構文連結開始――》

「《改造構文:流体干渉領域展開フローディスラプト》!」


 光が走り、碑に刻まれた構文文字が崩れていく。

 リアナの祈りがそれを包み、ミナの幻影が衝撃を抑え、ティアが残骸を吹き飛ばす。

 そして最後に、βの声が響いた。


《祈りの構文、解放完了。残響信号、再生可能。》


 静寂の村に――“声”が流れた。

 それは、かつてこの地に生きた人々の祈りだった。

 亡くなった家族を思う母の声、海の無事を願う漁師の笑い声、そして――子どもの笑い。


 リアナが涙を拭う。

「……祈りは、死なないのね。」

 ユウリが頷く。

「誰かが記録していれば、な。」

《はい。βシリーズが、それを証明します。》


 風が吹いた。

 沈黙していた村が、再び音を取り戻した。


 海風が、村の空気をやさしく撫でていた。

 《リヴァ・メイル》――祈り碑の沈黙が解かれてから一晩。

 潮の音が戻り、人々が家々に戻り始めた。


 朝日を浴びて立つユウリたちの周囲には、瓦礫を片付ける村人の姿がある。

 子どもが笑い、老人が海を見上げ、誰もが小さく手を合わせていた。

 それは神への祈りではなく、**“互いへの感謝”**という新しい祈りの形だった。


「……人って、強いね」

 ティアが呟く。

 腕まくりをして、壊れた小舟を持ち上げながら微笑んだ。

「昨日まで沈黙してたのに、もう笑ってる。」

「痛みを知ってるからだよ。」ユウリが答える。

「壊れたから、立ち上がる意味を覚えてる。」


 その言葉に、ティアは少しだけ照れくさそうに尻尾を揺らした。

「主様……やっぱり、そういうとこカッコいい。」

「褒めてもご褒美は出ないぞ。」

「えー! じゃあおやつ!」

「却下。」


 そのやり取りに、ミナとリアナが笑った。

「ふふ、二人とも仲が良いですね。」

「主様とティアちゃんがケンカしてるの見ると、村の子どもたちが笑うの!」

 ミナが光の粒を散らしながら言う。


 βが静かに投影体を現した。

《観測報告:人々の祈り波が安定。構文残滓の再発率、ゼロ。》

「よくやったな、β。」

《ありがとうございます。……マスター、わたし、少しだけ理解できた気がします。》

「何を?」

《“救う”という言葉の、形です。

 命令でも、計算でもなく――皆が、誰かを想って動くときに生まれるもの。》


 リアナが振り向き、そっと微笑んだ。

「それが“信じる”ということですよ、βさん。」

《信じる……》

 βの瞳が淡い光を放ち、波の反射を映す。

《記録。定義更新:“信じる”=“理解できなくても肯定する”。》

「いい定義だな。」ユウリが微笑む。

《はい。わたしは、皆さんを信じます。》


◇◇◇


 午後。

 港町ネイダへ戻る途中、行商人たちが避難列を作っていた。

 馬車には荷物が山積みで、護衛は三人だけ。


 ティアが眉をひそめる。

「主様、あの人たち……護衛、足りなくない?」

「魔獣被害が続いてるのかもしれないな」

 ユウリが歩を進め、声を掛けた。


「手を貸そうか?」

 行商の男が振り返り、目を丸くする。


「お、お前さんら……もしかして、あの“白い兵士”を止めた連中か?」

「“白い兵士”?」

 ティアが首を傾げた。


「ああ、村の連中が言ってたんだ。海辺に現れた“祈る兵”を倒したって。

 それで、あんたたちのことを“光の修理屋”って呼んでる」


 ミナが頬を赤らめて笑った。

「光の修理屋……だって! なんか、かっこいい!」

「悪くないな」

 ユウリが肩をすくめる。


 行商人は安心したように息をついた。

「助けてくれたなら恩返しさせてくれ。王都へ向かうんだろ? この推薦状を持っていきな」


「推薦状?」

「王都の港ギルド《潮のヴォイス・オブ・タイド》の紹介状だ。

 あそこは市民が自分たちで作った防衛組織さ。官の祈導庁に逆らう数少ない連中だよ」


 ユウリは紙束を受け取り、内容を確認した。

「潮の声……王都認可なしの独立組織、か」

《分析結果:市民主体の救済ギルド。行政とは非協力関係にあります》

「……面白いな」

 ユウリが微笑む。

「潮の声。人の声で潮を動かす、か」


◇◇◇


 夕暮れ。

 彼らは港町ネイダに到着した。

 夕焼けに染まる海辺では、再び灯りがともり始めている。


 βがふと振り返り、波の向こうを見つめた。

《マスター。祈り波が再び揺れています》

「悪い兆候か?」

《いいえ。……希望の揺らぎです》


 ユウリはしばらく黙り、それから穏やかに笑った。

「なら、俺たちの出番だな」


 潮風が吹き抜ける。

 波音が街を包み、遠くで子どもの笑い声が響いた。

 それは、人が“神ではなく人”を信じ始めた最初の音だった。

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