第111話「祈りの光、堕ちた祈導兵たち」
――夜が落ちていた。
砂を含んだ風が頬を刺す。空は鉛色の雲に覆われ、遠くの地平では断続的に稲光が走っていた。
ユウリたちは崖上に立ち、眼下に広がる光景を見下ろした。
そこには――無数の光が整然と並んでいた。
白銀の装甲に祈りの紋章を刻み、無言のまま佇む祈導兵たち。
数は百を超え、まるで一つの巨大な宗教装置のように、天へ祈りを捧げていた。
「……数が多い。β、観測を」
《観測結果:百七十体。祈導構文により完全同調中。中枢からの命令波を受信。》
「百七十……戦線規模だな」
ユウリの視線が冷たく細まる。ティアが前に出て、槍を肩に担いだ。
「主様、前衛任せて! 焼き払うね!」
「焼く前に確認しろ。リアナ、支援を」
「了解。《聖樹の加護》――皆に祝福を!」
白光の樹が地に根を下ろし、枝葉が広がる。金色の花弁が降り注ぎ、全員の身体に柔らかな光が宿った。
ミナが岩陰から姿を消す。影と一体化するように、幻走の気配が夜風に溶けた。
「敵の配置……五列縦隊。中列に異常な魔力核! 中心の一体、光が違うよ!」
「違う?」
「赤じゃなくて金! たぶん、指揮個体だと思う!」
《確認。祈導兵長級構文を検出。周囲の祈導兵の信号を統合しています。》
「つまり――核を壊せば全体が止まるってことだな」
《その推測は妥当です、マスター。》
ユウリは一歩前へ出る。掌に紅い光を宿し、声を落とす。
「――《改造構文:静音領域展開》」
音が消えた。
風の唸りも、祈りのざわめきも、すべて吸い込まれていく。
ユウリの瞳が輝き、構文層の糸が視える――数百の命令波が金色の核から伸び、祈導兵たちを操っていた。
「β、制御線を視認した。根を切る」
《同期開始。マスターの演算層に接続します。》
βの光子投影がふわりと浮かび、宙に数式を描く。青い光の線が蜘蛛の巣のように広がり、空気そのものが情報で満ちていく。
「行くぞ、ティア!」
「了解っ! 《龍炎走》ッ!」
ティアが地を蹴る。
紅の閃光が夜を裂き、一直線に敵陣へ突っ込む。
爆風。祈導兵が十体まとめて吹き飛び、空気が震える。
彼女の槍が炎を纏い、竜の尾のように薙ぎ払った。
リアナが聖杖を掲げる。
「祈りは命令じゃない! ――《解放祈祷》!」
聖光が奔り、光核を包む。
動きを止めた祈導兵の顔に、一瞬だけ“安らぎ”の表情が浮かんだ。
その隙にミナが影から現れる。
幻影が三つ生まれ、同時に突き出す。
「幻尾烈閃ッ!」
銀光が交差し、三体の祈導兵の光核を同時に斬り裂いた。
セリスがゆるやかに前へ出る。
翠の髪が風に揺れ、静かな声が響いた。
「……時流干渉・風路。――過去の命令を忘れなさい」
空気が歪み、祈導兵たちの時間が遅延する。
まるで糸が切れた人形のように、動きが鈍る。
「今だ、β!」
《了解。反転信号送出――開始。》
βの光が一斉に弾け、祈導兵の体を包んだ。
紅と蒼が混ざり合う光――ユウリが即座に構文を重ねる。
「《改造構文:流体干渉領域展開》!」
空間そのものが震え、構文の流れが反転した。
中央の祈導兵長が苦悶の声を上げ、金色の光核が暴走を始める。
《警告――自壊構文発動を確認。》
「セリス、凍結を!」
「了解。《時界干渉・結束》!」
時が止まった。
炸裂寸前の光が宙に固定され、世界が静止する。
ユウリが前に出て、掌をその光核に向ける。
「《改造構文:信号上書き・抑制式》!」
紅い鎖が奔り、暴走する命令を無理やり書き換える。
音のない閃光。
凍結した時がゆっくり流れ始め、爆発のエネルギーが吸い込まれるように消えた。
崩れ落ちる祈導兵たち。
その姿は静かで、どこか“眠る”ようだった。
リアナが静かに跪く。
「……祈りの行方が、命令ではなく願いでありますように。」
ティアが炎を収め、ミナが短剣をしまう。
セリスは無言で祈りの残滓を解析し、βが淡く光を放つ。
《観測結果:全祈導兵、命令構文解除。魂波安定を確認。》
「……よし。」
ユウリが息を吐いた。
「これで一件落着だ。」
ティアが腕を組んで笑う。
「やっぱ主様の指揮、最高っ! ボク、ノッてたもん!」
「お前、楽しそうだったな。」
「うん! だってリアナ姉の加護、すっごく温かいんだもん!」
「ふふ……それは嬉しいですね、ティアさん。」リアナが微笑む。
ミナが小首をかしげた。
「ねぇ、あの祈導兵さんたち……最後に笑ってたよ?」
リアナがそっと目を伏せる。
「なら、救われたのかもしれません。命令から、ようやく解放されたのです。」
βの声が再び響く。
《マスター。観測層より、異常信号を検知。》
「異常?」
《はい。祈導構文の奥に、同一系統の署名を確認。ゾルドのデータ痕跡です。》
ユウリは拳を握る。
「……やはり、奴の影はまだ残ってるか。」
夜空に目を上げる。
厚い雲の切れ間から、一瞬だけ星が覗いた。
「ゾルド……お前の“秩序”を、俺が再定義してやる。」
ティアが拳を突き上げる。
「次は絶対ボクの炎で終わらせる!」
リアナが微笑み、セリスが静かに頷く。
「時は循環します。ならば、今は再生の時です。」
βの光が柔らかく点滅した。
《了解。航路再設定完了。次なる目的地は未定――マスターの意思を。》
「行こう。……まだ終わっちゃいない。」
夜明け前の風が吹く。
崖の下に広がる祈導兵の亡骸が砂へと還り、金の粒となって舞い上がった。
ユウリたちはその光の雨を背に、静かに歩き出した。




