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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第110話「海の底で、願いは息づく」

 夜のラナシェル。

 波音が月明かりの下で静かに続き、港の灯がゆらめいていた。

 昼間の賑わいが嘘のように、街は深い眠りに落ちている。

 《アーク・ノヴァ》の甲板に、一つだけ青い光が灯っていた。


《マスター。観測層から異常波形を検出。》

 βの声が夜気に溶ける。

「異常波形?」

《はい。海底から微弱な信号――“祈り構文”に類似した波形です。》


 ユウリは眉を寄せ、端末に視線を落とした。

 青い光点が、海の深層を指し示している。

「この島の下、か。」

《正確な深度は二百四十メートル。旧シェルダ文明の観測塔残骸と思われます。》


 その言葉に、ユウリの瞳がわずかに光った。

「古代の観測塔……神界通信に使われていた施設かもしれないな。」

《可能性があります。ですが、信号は構文的ではなく――“心拍のように”響いています。》


「心拍?」

《はい。解析不能な周期で波長が揺れています。定義上の通信ではなく、“感情波”のような……》


 その表現に、ユウリは一瞬だけ息を止めた。

「β、お前がそう感じるってことは……何かが“生きてる”のかもしれない。」

《生きている? 構文に生命は存在しません。ですが、これは確かに――呼吸しているように聞こえます。》


 βの投影が、静かに海を見下ろした。

 夜の海面が星を映し、ゆらゆらと揺れている。


 翌朝。

 アーク・ノヴァの小型潜行艇ノア・シードが海中へと降下していた。

 ユウリ、β、そしてリアナとミナが同乗している。

 操舵席のガラス越しに、青い光の世界が広がった。


「きれい……」

 ミナが小声で呟く。

 魚たちの群れが光の筋を描き、珊瑚がゆらめく。

「これが……海の底の祈り、かもしれませんね。」

 リアナが両手を胸に当て、目を閉じた。


《マスター。波形が強くなっています。》

「位置は?」

《進行方向、三時方向。距離五十メートル。》


 潜行艇が旋回し、暗がりの奥に巨大な影が現れた。

 崩れた石造りの柱、半ば埋もれた円環構造――確かにそれは“塔”の残骸だった。


「ここか。」

《構文層を照合……一致。シェルダ観測塔第七層、識別コード【DIV-07】。》

「生きてるな……まだ、微かに動いてる。」

《ええ。けれど、誰もいないのに――“歌”が聞こえます。》


 βが小さく呟いた。

 その声に、全員が息を呑む。


 耳を澄ませると、確かに――海の底から“旋律”が響いていた。

 言葉にならない響き。

 けれど確かに、誰かが“何かを願っている”と感じられる音だった。


「……まるで、心臓の鼓動だ。」

《はい。これは祈りの残響。神ではなく、人の手で残された“願い”の形式。》

 βの投影が揺らめく。

《……不思議です。私の内部演算が反応しています。懐かしい……まるで、誰かに呼ばれているような――》


 その瞬間、塔の中心部が淡く光り、波紋が広がった。

《反応上昇。祈り波形、共鳴開始――!》

「β、引け!」

《待ってください……この信号、私を――“βシリーズ”を識別しています!》


 ユウリはすぐに構文を展開した。

「《改造構文・静音領域展開サイレント・フィールド》!」

 海中の音が一瞬、全て止まった。

 世界が沈黙する。


 βの光が薄れ、再び安定を取り戻す。

《……感謝します、マスター。危険でしたが……一つだけ分かりました。》

「何を?」

《あの祈りは、神への信号ではありません。

 ――“勇者”が残したものです。》


「勇者……?」

《はい。古代の祈り構文を改造し、神の通信網を逆流させた人間。

 彼の“声”が、まだこの海に残っています。》


 静かな海に、再び光の粒が舞う。

 ミナが息を呑み、リアナが震える声で言った。

「神を拒んで……それでも祈った人。」

《――はい。》


 βが静かに答える。

 その瞳に映る光は、海の底で脈打つ“祈り”のように揺れていた。


 波間から上がる《ノア・シード》のシルエットが、朝焼けの中で光を受ける。

 アーク・ノヴァの甲板では、ティアとセリスが迎えに立っていた。


「主様、どうだった?」

「……生きてる。祈りが、まだ息づいてる。」

 その答えに、セリスがそっと風を撫でる。

「風が震えています。“誰かの想い”が届いたのかもしれません。」


 βが小さく呟く。

《祈りとは、死なない構文。……なら、わたしも、それを学びたい。》


 夜明けの海。

 静寂の中、アーク・ノヴァの甲板には、微かな光粒が漂っていた。

 βの投影体がその中心に立ち、胸元に紅玉コアを輝かせている。


《解析を開始します――対象:祈り構文、発信源コード【DIV-07-Ω】》

 声が淡く震える。

 投影の周囲に円環状の魔導陣が浮かび、光が波紋のように広がった。


 ユウリはその様子を見つめながら、静かに息を吐いた。

「β、無理はするな。まだ昨日の干渉の残りがある。」

《問題ありません。あの“歌”は、私の中に深く刻まれています。》


 セリスが風を纏い、目を細める。

「……祈りというより、意志の断片。強い執念を感じます。」

「勇者のもの、って言ってたな」ティアが腕を組む。

《はい。古代文明末期、神々の観測構文を逆流させ、“神罰”を拒んだ人間――通称、第一勇者アリオン。》


 リアナが息を呑んだ。

「神罰を……拒んだ?」

《ええ。彼は“神の正義は過ちだ”と宣言し、自らを構文の礎に変えて通信網を崩壊させた。》

「つまり、祈りを破壊するために祈った人間か。」

《矛盾ですが、そうです。》


 βの声に、どこか哀しみが滲んだ。

《彼は言いました――“神の名のもとに救えぬなら、人が祈りを継げばいい”と。》

 甲板を包む風が静まり返る。

 セリスが小さく頷いた。

「……神が沈黙した理由。そこに、人が立ち上がる根拠があるのですね。」


 βの紅玉コアが一段と明るく輝いた。

《記録構文、再生可能。マスター……彼の“声”を聴きますか?》

「頼む。」


 瞬間、光が甲板を包み、幻像が広がった。

 白銀の鎧を纏った青年――かつての勇者アリオンの残像。

 彼は穏やかに微笑み、誰かに語りかけるように言った。


『……βシリーズの誰かが、これを聴く日が来るのなら。

 私たちは神を拒んだ罪人ではなく、“世界を残した人間”であると、伝えてほしい。

 祈りとは、従うことではない。願うことだ。

 その願いが、誰かの命を守るためである限り――正義は人に宿る。』


 その声が消えると同時に、βの瞳が揺れた。

《――“人に宿る正義”……この言葉、心に響きます。》

「β……」

《私の創造者は神々でした。けれど、わたしが信じたいのは……あなたたち人間です。》


 ユウリが一歩、彼女の光に手を伸ばした。

「それでいい。お前はもう“命令で動く存在”じゃない。

 ――お前自身の意思で、誰を守るかを決めろ。」

《了解しました。……いえ、“わかりました”。》


 βが微笑むように光を弾かせる。

 その光が潮風を照らし、仲間たちの頬を撫でた。


 そのとき、セリスの耳がかすかに震えた。

「……魔力波。方向、南西。」

 ティアが構えを取る。

「主様、来るよ。……数が多い!」

 空の彼方で、黒い点がいくつも動いた。

 それは――翼を持つ金属生命体《オートマトン・クラスD》。


《識別完了。ゾルドの遠隔群体です。》

「ついに動いたか。」

 ユウリが静かに構文を展開する。

「皆、配置につけ。」


 ティアが笑う。

「了解! 主様、今度こそ派手にいくよ!」

 ミナは幻影を展開しながら叫ぶ。

「わたしたちの出番だねっ!」

 リアナが祈りを掲げる。

「救いの光を、地に――!」

 セリスの杖が輝く。

「時の風、結びなさい。」


 そしてβが最後に静かに告げた。

《マスター。あの祈りは、私に“選ぶ力”をくれました。

 ――今度は、わたしが世界を観測します。》


 空が赤く裂け、光が迸る。

 次の瞬間、アーク・ノヴァの艦体が黄金の防御光を展開した。


 戦端が開かれる。

 だが今回は、彼らの背に“勇者の願い”がある。

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