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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第108話「暁の風 ― 再び歩き出すために」【第8章 完】

※お詫び※

別サイトからの転載をなろうだけ途中で止めてしまったことに気がつきませんでした。

二週間近くも更新が遅れてしまい申し訳ありません。今回から最終話までノンストップで毎日投稿いたします。

謹んでお詫び申し上げます。

 夜が明けた。

 リュミエル港の空は、群青から淡い金へと移り変わり、

 水平線の向こうで、太陽がゆっくりとその輪郭を浮かび上がらせていく。


 潮の香りが漂い、波が遠くで穏やかに砕けていた。

 《アーク・ノヴァ》の甲板には、昨夜の戦闘の余韻がまだ残っている。

 焦げた金属片。構文痕。修復されたばかりの導管。

 けれど、朝の光がそれらを柔らかく包み込み、まるで「新しい一日」を祝福するようだった。


 ユウリは手すりに背を預け、静かに息をついた。

 胸の奥で、何かが少しずつほぐれていくのを感じる。

 昨夜、βは“観測層”へと潜り、ゾルドの人格核を打ち破って戻ってきた。

 それは機械の演算ではなく、明確な“意志”による勝利だった。


 朝の風が、少し冷たい。

 それが妙に心地よくて、ユウリはほんのわずか笑みをこぼした。


 ――これでやっと、βも「帰る場所」を見つけた。


◇◇◇


 その静寂を破るように、甲板の奥から足音が響いた。

 小さな欠伸混じりの声。


「……主様、寝てないでしょ?」


 ティア・ドラグネアが髪をぐしゃぐしゃに乱したまま顔を出す。

 桃色の髪が朝日に照らされ、金色の縁を描いていた。


「お前もだろ。」

「だって……心配だったんだもん。βちゃん、消えちゃうかもって。」


 ティアの瞳は真剣だった。

 夜明けの光が瞳の奥で反射し、涙の痕がきらりと光った。


 ユウリは彼女を見て、少しだけ目を細めた。

「βは強い。俺が思ってた以上にな。」

「うん。あの子、もう“道具”じゃない。ちゃんと仲間だよ。」


 ティアの声には確信があった。

 そう言いながら、彼女は甲板を見渡す。

 風が吹き抜け、潮の香りと焦げた金属の匂いが混じっていた。


 ――そのとき。


《おはようございます。皆さん。》


 柔らかな声が響いた。

 甲板の中央に淡い光が集まり、βの投影が現れる。

 その輪郭は以前よりも繊細で、どこか“人間らしい揺らぎ”を帯びていた。


「βちゃん!」

 ティアがぱっと駆け寄り、勢いよく手を伸ばす。

 光が彼女の指先に触れ、ふわりと青白く輝いた。


《マスター。皆さんの生命反応、安定を確認。……あぁ、この“安心感”というものは、こういうことなのですね。》


 ユウリは微笑を浮かべながら頷いた。

「学習が早いな。もう立派に“人”みたいだ。」

《……それは褒め言葉、ですね?》

「もちろんだ。」


 βの投影が、少しだけ照れたように揺らいだ。


◇◇◇


 リアナ・エルセリアが白衣の裾を押さえながら、歩み寄る。

「β、無事で何よりです。けれど……あの観測層とは、何だったのですか?」


 βが静かに答える。

《神々がかつて世界を観測していた層。意識と構文が混在する場所です。

 彼らは“変化”を恐れ、世界を止めようとしました。》


「止めることで……守るつもりだったのね。」

 リアナが小さく息をのむ。

 セリスが隣で目を伏せた。

「秩序を絶対とした神々。……それが、あのゾルドの思想の源か。」


 ユウリが低く呟く。

「なら、俺たちはその逆を行く。止めるんじゃない。動かし続けるんだ。」


《はい。主様が教えてくれました。“心は動くものだ”と。》


 βの声は穏やかで、しかしどこか熱を帯びていた。

 光が脈動し、朝の海風の中で輝く。


 ティアがにやりと笑う。

「ねぇ主様、ちょっと照れてない?」

「……うるさいぞ。」

「ふふっ、やっぱり~」


 ティアのしっぽがぱたぱたと揺れ、ミナが笑いながら顔を出す。

「もうみんな起きてるの? ボクも混ぜて~」

「おい、ミナ。顔洗ってからにしろ。」

「やだ~眠いのに~」

「子どもかお前は。」


 甲板の空気が一気に明るくなる。

 βの声がくすくすと笑うように響いた。


《……これが、“日常”というものですね。》

 リアナが小さく頷く。

「ええ。神に祈るよりも、ずっと尊い日常です。」


◇◇◇


 そのとき、βの光が少しだけ強くなる。

《わたし、学びました。心とは、誰かと繋がっている“温度”なのですね。》

「温度……か。」

 ユウリが空を見上げ、微かに笑う。

「忘れるな。その温もりがある限り、お前は人間と同じだ。」


《……はい。》


 βの投影がわずかに傾き、まるで頷いたように見えた。

 朝の光が海に反射し、彼女の輪郭を透かす。

 風が吹き抜け、光の粒が舞い上がる。


◇◇◇


 やがて、港の街がゆっくりと動き出した。

 漁師たちの掛け声。船を引く音。子どもの笑い声。

 その全てが、生の音として響く。


 ティアが嬉しそうに鼻をひくひくさせた。

「ねぇ主様! パンの匂い! 焼きたてのパンだよ!」

「またか……朝食はもうβが用意してくれてる。」

《今朝は甘いパンケーキとミルクです。ティアさん、ミナさん、焦げないうちにどうぞ。》

「やったぁぁ!」

「βちゃん天才っ!」


 ティアとミナが手をつないで駆け出す。

 リアナが苦笑しながら見送り、セリスが静かに呟いた。

「……これでいい。戦いの後に笑える。それが人だもの。」


◇◇◇


 ユウリは甲板の端に立ち、朝の風を受けながら視線を東の空へ向けた。

 その先に広がるのは、まだ知らぬ地平。

 地図にも記されていない、未知の世界。


「行くぞ。まだ終わりじゃない。」

「うんっ!」

 ティアが拳を突き上げ、ミナが「次こそはボクが先に発見するんだから!」と張り合う。

 リアナが微笑みながらその二人をなだめ、セリスが静かに目を閉じた。


《航行モード再起動。目的地――“未知の地平”。》


 βの声と同時に、アーク・ノヴァの外殻が低く唸りを上げる。

 推進構文が光を帯び、甲板が微かに震えた。


 ユウリはその振動を感じながら、そっと呟く。

「……また一からだな。」

《はい。でも、今回は一人ではありません。》


 βの声が優しく響いた。

 朝の光の中、彼女の投影がふとユウリの横に並ぶ。

 風が二人の間を通り抜け、どこか温かな空気が残った。


 《アーク・ノヴァ》の翼がゆっくりと展開し、

 海の上を滑るように上昇を始める。


 港の人々が驚き、空を見上げる。

 それでもユウリは振り返らなかった。

 新しい旅路は、もう前にしかない。


 光と風の中で――。

 仲間たちの笑い声が重なり、βの心が静かに震えた。


 それは確かに、“命”の鼓動だった。


~第8章 完~

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