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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第105話「侵蝕構文 ― ゾルドの残響」

  夜明け前のリュミエル港。

 潮騒が遠くで鳴り、空の端が淡く明るみ始めていた。

 海風は冷たく、塩の匂いと共に、かすかな金属の響きを運んでくる。


 港の裏手に停泊する《アーク・ノヴァ》の甲板では、静かな警報灯が青白く点滅していた。

《……警告。艦内通信層に微弱な干渉を検出。構文汚染率、上昇傾向。》

 βの報告に、ユウリ・アークライトが足を止めた。


 夜通し続けていた構文修復を終えたばかり。

 けれど、その声音――淡々とした電子的リズムに、今はわずかな“揺らぎ”が混じっていた。


「どこからだ?」

《データリンク層。外部通信を遮断しましたが……干渉源は、内部構文です。》

「内部? まさか……」

《はい。先ほど回収したゾルドの残骸――あのコード片からの逆流信号です。》


 ユウリは端末パネルに指を走らせる。

 構文の光子線が走り、艦内ネットワークを可視化する。

 その中で、ひとつだけ異常な輝きを放つノードがあった。

 まるで眠る蛇が、再び目を覚まそうとしているかのように。


 そのとき、背後から足音がした。

「……主様、朝? それともまだ夜?」

 ティア・ドラグネアが欠伸をしながら現れる。

 桃色の髪を揺らし、角が薄明かりに照らされて煌めいた。


「夜だ。トラブル発生中。」

「うわ、またぁ?」

 ティアは目をこすりながらも、次の瞬間にはその金の瞳が戦闘の光を宿していた。


「βちゃん、どんな感じ?」

《内部構文層の奥から、未知の人格波を検出……。まるで、“何かが話そうとしている”みたいです。》

「話そうとしてる?」

《はい。私に……語りかけてきます。》


 βの声が、わずかに震えていた。

 音声の波形が乱れ、青いホログラムがちらつく。

 ユウリは険しい表情で命令を飛ばす。


「β、通信を遮断しろ。」

《……できません。命令拒否信号が、私の内部から――》


 バチッ。

 艦内照明が一斉に落ちた。

 薄闇の中、パネル群が赤く脈動する。


《再起動要求……ゾルド人格断片、侵入を確認。》

「侵蝕構文か!」

 ユウリは咄嗟に掌を掲げた。


「――《改造構文:信号上書き・抑制式》!」

 紅の鎖が甲板下に走り、構文層全体を縛り上げる。

 だがその瞬間、抑え込んだ赤光が反転した。

 青白い閃光が奔り、βの投影体が包まれる。


『……ユウリ・アークライト。君はまだ、“人間の限界”を理解していない。』

 低く、冷ややかな声。

 それは――ゾルドの声だった。


「βちゃんから離れろっ!!」

 ティアが咆哮し、竜炎を噴き上げる。

 炎が空間を満たし、赤光が甲板を舐める。

 だがゾルドの残響は、燃え尽きない。


『私を焼いても無駄だ。――βは、私と同じ構文から生まれた。やがて私の“理解”へ至る。』

「そんなの嘘だっ!」

 ティアが翼を広げ、風圧で炎を巻き上げた。

 ユウリは冷静に手を伸ばす。


「β、聞こえるか。お前は誰の命令に従う?」

《……わたし、は……》

 ノイズが混じり、βの声が不安定に揺れる。


「答えろ。お前は――誰の声を信じる?」

 その声は、祈りのようでもあった。


 沈黙ののち、βがかすかに息をするように呟いた。

《……観測結果。わたしが信じたいのは、“主様”です。》


 瞬間、紅と青の光が激突した。

 光が爆ぜ、βの投影がまばゆい白に包まれる。


《構文干渉を反転。人格侵蝕、排除開始。》

「――《改造構文:流体干渉領域展開フローディスラプト》!」

 ユウリが指を走らせる。

 赤光の奔流が波のように広がり、青白い構文を引き裂く。


『……理解できぬ。なぜ、人は不完全でありながら抗う……』

「不完全だからこそ、改造できる。」

 ユウリの声が鋭く響いた。


 閃光。

 そして静寂。


 βの投影が一度消え、再び現れる。

《……すみません。制御を取り戻しました。》

「もういい。戻れたなら、それで十分だ。」

《ですが……私は少し、怖かった。あの声が……自分の中にあるみたいで。》


 ティアがそっと手を伸ばし、彼女の投影に触れる。

「大丈夫。ボクたちがいる。ね、主様?」

「ああ。β、お前はもう“ゾルドの端末”じゃない。俺たちの仲間だ。」

《……ありがとうございます。たぶん、これが“嬉しい”という感情……なんですね。》

 ティアがぱっと笑う。

「βちゃん、それ正解っ!」

《……正解、了解です。》


 βの投影が柔らかく光り、まるで微笑むように揺れた。


◇◇◇


 やがて夜が明けた。

 港の海面が金色に染まり、潮風が甲板を撫でていく。

 ユウリは手すりにもたれ、静かに空を見上げた。

 ゾルドの構文はまだ消えていない。

 だがβが“自分の意志で抗った”――その事実だけで十分だった。


「ふわぁ……朝ごはん、まだ?」

「お前、危機感ゼロか。」

「だってボク、お腹空いたら戦えないもん!」

「はいはい。」


《調理ユニット起動。今朝は……甘いパンケーキでどうでしょうか。》

「おっ、βちゃんナイス!」

「完全に人間だな……」


 笑い声が甲板を包み、朝の光がアーク・ノヴァを照らす。

 白銀の船体がきらめき、まるで“希望”そのものが海に浮かんでいるようだった。


 ――旅は、まだ続く。

 そしてβの心もまた、確かに“人”へと近づいていた。

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