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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第102話「目覚める構文」

 朝焼けの港が、淡い金色に染まっていた。

 潮の香りの奥に、鉄と焦げた魔力の匂いが微かに漂う。

 静かな海面が揺らめき、波間を割って小舟が滑っていく。

 陽光は優しいはずなのに――どこか、世界そのものが息を潜めているようだった。


 ティアは桟橋の端で風を受け、じっと海を見つめていた。

 波の反射が頬を照らし、瞳の奥で赤い光が揺れる。

 夢の残響がまだ胸の奥でざわめいていた。

 あの声――ゾルドの嘲笑。

 熱に似た冷たさが、心臓の奥を叩く。


「……寝られなかったか?」

 背後から、ユウリの声。

 静かで落ち着いているのに、不思議と心の深いところに響く。

 ティアは振り返らず、ゆっくりと首を横に振った。


「うん。なんかね、海の底が、呼んでる気がするの。」

 ユウリはその言葉に目を細め、すぐさまβを呼んだ。


「β、解析を。」

《了解。……港沖約三百メートル、水深五十メートル地点にて異常魔力波を検知。周期は約九秒。》

「周期……心臓の鼓動みたいだね。」

《的確な比喩です。波形は脈動型。構文的には“意識残響”の可能性があります。》


 潮風が二人の間を抜けた。

 波の音が近く、まるで誰かが海の奥で息をしているように感じられる。

 βの青い投影が水面に浮かび、揺れる波と共に光がきらめいた。


 ティアは無意識に拳を握る。指先が震えていた。

「主様、行こう。」

「まだ危険域の解析が済んでいない。」

「でも……放っておけない。もし“あれ”がまた誰かを壊すものなら……。」

 その声は震えていなかった。

 覚悟だけが、潮騒に混じって響いていた。


 ユウリは短く息を吐き、目を閉じた。

「……いいだろう。ただし、俺の制御下で動け。」

「了解、主様。」

 ティアの唇が、微かに笑みを作った。

 それは戦う者の笑み――恐れを超えた者のそれだった。


◇◇◇


 港の沖。

 小型の船を借りて出航する。

 波は穏やかだが、風は妙に湿っていた。まるで海そのものが警告を発しているようだ。

 甲板の上にβの光が浮かび、青白い解析ウィンドウがいくつも展開される。


《対象地点接近。構文層の乱れを確認。――これは……異常です。》

「どうした、β。」

《“人格複製式”の断片構造を検出。識別コードは……ゾルド・ガルバ由来。》


 ティアが小さく息をのむ。

「やっぱり……あのときの“声”……。」

 海面の下で何かが蠢いている。

 見えない脈動が、足元の板を通して伝わってきた。


 ユウリは構文を起動。掌に赤い陣が展開する。

《改造構文:流体干渉領域展開フローディスラプト

 その瞬間、海の表面が光を帯びて割れた。

 水が重力を忘れたように静止し、青い光が螺旋状に立ち上がる。


 深淵の底から現れたのは、ぼんやりとした“人影”。

 半透明の輪郭に、無数の符号が流れている。

 それは人ではなく、構文で作られた幻像――人格の残滓だった。


『――観測開始。人格端末、起動確認。』

《警告:ゾルド人格端末、稼働率12%。自律行動を開始。》

 βの声が鋭くなる。

「自律行動って……!」

《こちらの観測波を利用し、逆侵入を試みています。防壁が侵食されています!》


 ユウリが舌打ちし、指を鳴らす。

「くそ、迎撃だ。ティア!」

「了解っ!」


 その瞬間、海面が裂けた。

 渦が生まれ、黒い柱が天へと伸び上がる。

 圧力が甲板を歪ませ、木が悲鳴を上げた。


 ティアの背中から炎の翼が展開する。

 紅の光が海霧を焼き払い、空を朱に染めた。

 琥珀の瞳が紅に変わる瞬間、彼女の呼吸が竜の咆哮と化す。


《警告:竜核共鳴率、上昇中。主様、リンクの安定を!》

「β、制御補助。」

《了解。補助構文起動――再定義接続。》

 青い光の輪がユウリとティアを結ぶ。

 二人の心音が重なり、波の音が止む。


「主様、いくよ!」

「ああ。燃やせ、ティア。」


 紅炎が海を貫く。

 渦の中心に立つ黒影が悲鳴を上げた。

『――拒絶。再定義者、貴様に“制御”はできない。』

「制御じゃない。“修理”だ。」

 ユウリの構文が炸裂し、紅と黒の波が交錯する。

 炎とコードが混じり合い、空間が歪む。


《リンク共鳴率、92%。干渉成功域到達。》

 βの声が震える。

 光が炸裂し、海が爆ぜた。


 黒い影が音もなく崩壊し、海面に霧が広がる。

 潮騒が戻る。

 炎は消え、ただ静寂だけが残った。


 ティアは膝をつき、荒い息を吐いた。胸の奥が焼けるように熱い。

 ユウリが肩に手を置き、短く頷く。

「よくやった。」

 ティアは微笑み、かすれた声で言った。

「……主様。あれ、消えたのかな。」


《否。人格断片の一部が、海底構文層に残留しています。》

「つまり――」

《はい。“呼びかけ”はまだ続く可能性があります。》


 波間の向こう。

 光の粒が、まるで心臓の鼓動のように脈打っていた。


『……解析完了。次段階、接続を開始する。』


 βの光が一瞬だけ乱れた。

《……いまの、誰の声……?》

 ユウリは静かに答える。

「ゾルド本人じゃない。もっと深い――構造層の声だ。」


 ティアは夜明けの空を見上げた。

 太陽がゆっくりと昇る。

 金と紅が交じり合い、世界の輪郭を照らし出す。

 だがその光の奥で、確かに――何かが目を覚まそうとしていた。

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