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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第101話「波間の囁き ― ゾルドの影、再び」

 ――夢を見ていた。

 音も色も、世界が薄い膜の向こうに沈むような感覚。


 砂のように散る光が海面を覆い、静かな波が胸の奥で鳴っていた。

 風が吹く――それは潮の匂いではなく、鉄の味を含んだ風。

 そして、耳の奥で、低い声が囁いた。


『……目覚めろ。竜の血に選ばれしもの。』


 ティアは反射的に振り返った。

 そこには何もない。けれど、声だけは確かにあった。

 氷のように冷たい、あの男の声。


『お前の主は“再定義者”。再生を掲げる者。だが――再生とは、破壊の果てに生まれるものだ。』

『お前の炎は、再び“秩序”に還る。』


 白い霧の向こうに、ひとつの影が浮かび上がった。

 片方の瞳だけが青白く光り、機械のように冷たい。

 ゾルド・ガルバ――かつて滅びたはずの、古代の改造兵。


「……ゾルド……!」


 名を呼んだ瞬間、波が弾け、周囲の光が崩れ落ちた。

 潮の匂いが強くなる。

 だがそれは海ではなかった。血と油の混じった臭気。


『――この世界はまだ、終わっていない。』

 ゾルドの声が、彼女の心臓を叩いた。

『再定義は、再誕ではない。上書きだ。いずれ“彼”も――俺と同じになる。』


「主様が……あんたと同じになるわけないっ!」


 ティアの叫びが闇に吸い込まれる。

 だが返るのは、冷たい笑い声だけだった。


『ならば、確かめるがいい。お前の竜核に、私の残滓はもう刻まれている。』

『――次に目を覚ます時、それが証明される。』


 視界が裂けた。光が弾ける。

 ティアの身体が宙に投げ出され――


 ――目を開けた。

 息を吸うと、胸が焼けるほど熱かった。

 冷たい汗が背を伝い、寝具が肌に張り付いている。


 港の夜は静かだ。波の音が遠くで囁く。

 月明かりが薄く差し込み、βの光が枕元で淡く脈動していた。


《……異常心拍を検知。ティア様、睡眠状態からの急激な覚醒を確認。安静を推奨します。》


「……ううん、大丈夫。ちょっと……夢を、見ただけ。」

《夢、ですか。内容の報告を求めても?》

「……だめ。言葉にしたら、壊れそうだから。」

《了解。記録保留モードに移行します。》


 βの光が一度だけ弱まった。

 ティアは額の汗を拭いながら、小さく笑った。

「β……あなた、夢を見ることってあるの?」

《定義上は“不可能”です。しかし――観測していない映像を思い浮かべることはあります。》

「それって、“夢”じゃないの?」

《……たぶん、そうです。》


 淡い光の揺らめき。

 βの声が少しだけ柔らかくなっている気がして、ティアはそのまま目を閉じた。


 だが次の瞬間、部屋の外で微かな振動音が響いた。

 金属が擦れるような音。

 ドアの前で、ユウリの声がした。


「……起きてたか。」

「主様……?」

「βが異常波を拾った。上空から、微弱な通信が続いている。」


 ユウリの瞳は眠気の色をしていない。

 βが空中に光を広げると、青い波形が部屋を照らした。

 周期的な脈動――それは確かに“声”の形をしていた。


《解析中……一致パターン検出。人格複製式《ゾルド・モードA》の断片です。》


「……またか。」

《はい。強度は低下していますが、構文構造は明確。》


 ティアの背中を冷たいものが走った。

 あの声。夢の中と同じ。

「……夢で、聞こえたの。ゾルドの声……」

「夢じゃなかったってことだな。」

 ユウリの言葉に、βの光が強くなる。


《通信波形に“人為的意志”を確認。命令形式ではなく――》

《――“呼びかけ”です。》


「呼びかけ?」

《はい。“複製体”を通じ、共鳴波を拡散しようとしています。ティア様の竜核波形と共鳴値が近い。》


 ティアは唇を噛みしめた。

 胸の奥で熱が揺れている。

 まるで、竜の血そのものが応答しているようだった。


「……まさか、私の中に……あいつの構文が、まだ……?」

「可能性はある。」ユウリは短く答える。「けど、問題じゃない。」

「問題じゃ……ない?」

「残滓だろうが何だろうが、“改造”すればいい。俺が。」


 ティアは目を見開いた。

 その声音に、一切の迷いがなかった。

 ユウリの言葉が、燃えるように胸に落ちる。


 βの光がわずかに揺らいだ。

《……主様の発言により、対象ティアの安定指数上昇。心拍、正常域に回復。》

 その声が、ほんの少し震えていた。


「β、今の気持ちを記録しておけ。」

《……はい。“安心”というタグを、新規追加します。》


 ティアは俯き、唇を結んだ。

「……ありがとう、主様。」

「礼はいい。休め。」


 そう言って、ユウリは窓の外を見やる。

 港の沖、夜の海面がわずかに光った。

 青白い閃光が一瞬走り、波に映る。

 それは稲妻ではなく――構文干渉の光だった。


《通信断裂を確認。干渉源、完全消失。……ですが、深層波に“残響”が残っています。》

「残響?」

《はい。まるで“心臓”の鼓動のように、一定の周期で――》


 βの言葉が途切れた。

 海面の下、暗い闇の奥。

 確かに何かが、ゆっくりと蠢いていた。


『――再定義の子よ。次は“深き声”で話そう。』


 βの光が一瞬、乱れた。

《……いまの、録音されました。発信源――港の海底。》

「……ゾルドの端末か。」

 ユウリは低く呟いた。


 その横顔を見て、ティアは拳を握る。

 不安よりも、怒りよりも、

 ――護りたい、という気持ちのほうが強かった。


《観測ログ更新:主様、ティア様、感情波形共鳴。共鳴率87%。》

《この数値……とても、きれいです。》


 βの声が少し震え、

 ティアは笑った。

「端末ちゃん、ありがと。」

《……どういたしまして。たぶん。》


 港の灯りが波に揺れ、

 その下の海底で、光の筋が蠢いた。

 ゾルドの“残響”――人格の亡霊が、再び世界に触れ始めていた。

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