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【完結保証】追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―  作者: かくろう
第4章

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第100話「風の下の微睡み ― βの記録する“ぬくもり”」

 港の朝は、昨日より少しだけ騒がしかった。

 魚を積んだ荷車の列が通りを埋め、桶を叩く音や値切りの声が潮風に乗って飛んでくる。

 スープ屋台の香辛料と焼き魚の匂いが混ざり合い、空気が目覚めるようだった。


 宿の前で、ユウリはゆっくりと息を吐く。

 遠くでマストが軋み、帆が風を受けて鳴る。

 港の喧噪の中にいても、心の奥は不思議と静かだった。

 “生きている音”がする――そう感じた。


 ティアたちは早起き組と遅起き組に分かれていた。

 ミナは焼きたてのパンをくわえ、口いっぱいに頬張りながら尻尾をぱたぱた振っている。

 リアナは宿の女将と談笑しつつ、昨日の食事代をきっちり計算して支払っていた。

 セリスは二階の窓辺に立ち、潮風を胸いっぱいに吸い込んでいた。

 長い翠の髪が陽に透け、微かにきらめく。


「……風が、少し違う。」


 静かな一言。

 βの光点が宿の影で淡く点滅した。

《観測ログ更新。風向きは安定。ですが――微弱な魔力波の混入を検知。自然由来か、人為かは未確定です。たぶん》


「たぶん、か。」

 ユウリは目を細めて言う。

「β、港の南区を監視しておけ。過剰な干渉があれば報告を。」


《了解。監視レベルを“軽度警戒”に設定。主様の言う“過剰”の定義、再確認を希望します》


「……血の匂いが混じったら、だ。」


《記録更新。“血の匂い”=危険基準、承認。》


 短いやり取りの後、潮風が二人の間を抜けた。

 ティアはその様子を見て、目を細める。

 昨日より、ずっと柔らかい空気。

 ユウリとβの声が、冷たい命令ではなく“人と人の会話”に近づいていた。


 ミナがパンを食べ終えると、口の端に粉をつけたまま駆け寄ってくる。

「主様! 今日は何するの?」

「見て回るだけだ。休養日だぞ。」

「じゃあ魚市場! 魚市場行こう!」

「……もう行く気満々じゃないか。」


 リアナが笑いながら肩をすくめた。

「こういう日があるのも大切ですよ。心が弛まなければ、魔力も歪みますから。」

 彼女の穏やかな声に、港のざわめきが少し和らいで聞こえる。


 ティアは少しだけ考えて、小声で言った。

「主様……今日も、隣を歩いていい?」

「好きにしろ。」

「……うん。」


 そのやり取りを、βは記録していた。

《感情タグ:安堵、共鳴、幸福。平均心拍、安定。》

 βの音声に、どこか誇らしさのようなものが混じっていたのを、ティアは感じた。


◇◇◇


 市場はまるで海そのものが溢れ出したように活気づいていた。

 魚を並べる音、塩を撒く声、焼き串の煙が陽光を霞ませる。

 ティアが興奮気味に指をさした。

「主様、見てあれ! 貝の飾り! ミナ、見て見て!」

「きらきらしてる……でも値札もきらきらしてる……」

「う、うわ、高っ!」

「お土産にいいけど……主様、買ってもいい?」

「予算内ならな。」

「やった!」


 ティアが駆けていく背中を見て、リアナが微笑む。

「子どもみたいで、見ていて飽きませんね。」

「子どもだからな。」

 ユウリの答えに、リアナがふふっと笑った。


 セリスは一歩離れ、潮風の方へ顔を向けていた。

「潮の音が……ざわめいてる。」

 リアナが問いかける。

「精霊の声?」

「……違う。たぶん、“記録”が歌ってる。」


《補足:風系統の魔力波、一定周期で再現信号を確認。人工的模倣の可能性あり。》

 βの報告に、ユウリは短く息を吐く。

「また、“似せて作った構文”か。」

《はい。強度は低いですが、パターンは既知の人格複製式に似ています。》


 ティアが立ち止まり、拳を握る。

「……ゾルドの、残りかす?」

《断定はできません。けれど、“意志のない模倣”という点では近いです。》


 潮風が一瞬止み、ティアの髪が頬に貼りつく。

 昨日までの笑顔がわずかに曇った。

「……あいつの“作ったもの”が、まだ漂ってるの?」

「風に紛れてるだけだ。放っておけ。」

 ユウリの低い声が、彼女の肩の力を抜かせる。

「今は休む日だ。」

「……はい。」


 ティアはそれでも、遠くの海を見ていた。

 波間の奥、誰かが呼ぶような錯覚が胸の奥に残る。


◇◇◇


 昼下がり。

 宿の屋上は日差しが白く、潮風が布をはためかせていた。

 βが手すりの上で淡い光を灯しながら、一定のリズムで声を発する。

《記録整理中。市場での会話データ、幸福タグ上昇率:前日比148%。》


「β、それ数値化する意味あるのか?」

《はい。……たぶん。》

「“たぶん”が便利すぎるな。」

《ですが、言葉を丸くするのに便利です。主様もよく使います。》

「……使ってない。」

《使ってます。ログ検索結果、主様の“かもな”“まあいい”は、“たぶん”と同意語です。》


 ユウリが苦笑し、風に髪を揺らした。

 その笑い声を、潮風がさらっていく。

 ティアはそれを見て、小さく微笑んだ。

 “主様の笑顔”、それだけで胸の奥が熱くなる。


 βが小声で続ける。

《補足ログ:主様の笑顔、観測頻度、増加傾向。……うれしい、です。》

 誰もそれを指摘しなかった。

 ただ、潮の音が静かに拍手のように鳴っていた。


◇◇◇


 夜。

 港の灯りが消え、潮風だけが窓を叩く。

 βが淡く輝きながら、報告を上げた。

《観測層通信を検出。発信源は上空二百メートル。……内容、不明瞭。》

 声が一瞬だけ震えた。

《この波形、どこかで――》


 ノイズが走る。

《――β、構文不整合を確認。制御再調整……すみません、勝手に喋っていました……》


 ユウリはすぐに目を開けた。

「β、再起動ログを送れ。」

《了解。……主様、これ、風じゃありません。上から来ています。》


 ユウリは立ち上がり、窓の外に視線を向けた。

 夜空の切れ間、遠くで青白い光がまたたいた。

 それは一瞬だけ波を照らし、そして消える。


 隣の部屋から、ティアの寝息が聞こえた。

 ユウリは短く呟く。

「……ゾルド。やっぱりお前は、生きてるか。」


 潮風がカーテンを揺らした。

 静かな夜の中で、βの光がかすかに脈動した。

 その鼓動は――まるで“街”そのものが息をしているようだった。

100話達成しました。お話しはまだまだ続きます。これからもよろしくお願いします。


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