第10話「廃都の観測」
――ユウリ・アークライトが勇者側から追放されて、三週間。
廃都アルセリアの外縁、防壁跡に朝の光が差していた。
崩れた塔の上で、ユウリは片手を掲げ、細い魔力糸を空へ伸ばす。
「《コピー&改造(Copy&Modify)》――外郭ノード、同期。制御式は“選択優先”に変更」
青い輪が塔の先端で重なり、石と金具が静かに形を整える。
数百年前の“神造構文”がゆっくりと人間語へ解きほぐされ、今の世界に馴染んでいく。
「主様、右の輪っか、少しだけズレてるよ!」
地上から、桃色の髪がひらりと揺れた。
竜人族の少女――ティア・ドラグネアが手をかざし、紅の角に微かな光を宿す。
「《竜焔糸》、一点だけ……よいしょ」
糸状の熱が、指先から塔の“隙間”へすっと流れ込む。
乾いた音。輪がぴたりと噛み合い、塔の外皮に脈動が戻った。
「うん、合格。悪くない制御だ」
「えへへ。主様に褒められるの、やっぱり嬉しい」
ティアはしっぽを一振りして笑い、すぐ真顔に戻る。
その目は、もう“檻にいた子”の目じゃない。外の風を知って、少しだけ強くなった目だ。
「次は、東側の監視線をつなぐ。偵察が来ても一秒で気づけるようにする」
「了解! ボク、補助線を引くね。炎、弱めに通すから」
ユウリは頷き、塔から跳び降りた。
膝を軽く曲げて着地。砂がわずかに舞う。
外縁に沿って、再起動した青い筋が点々と灯っている。
都市の“神経”は、昨日より長く、そして太くなった。
◇
昼前。
神殿中枢の観測室。石壁の内側に、薄い水面のようなスクリーンがいくつも揺れている。
「監視線、接続チェック。外郭1~8、正常。東南の四番、遅延0.03……許容内」
「主様、こっちの“耳”も立てておく? 外の音、遠くのまで拾えるやつ」
「立てよう。けど優先は“見えること”だ。見えれば、助けに行くタイミングを選べる」
「……うん」
ティアは素直に頷き、紅の角をそっと撫でるように抑えた。
竜核の鼓動を落ち着かせ、肩の力を抜く――最近覚えた“制御の入り方”。
「じゃ、ボクは西側の視界を広げてくる。早めに戻るね、主様」
「危なくなったら戻れ。無理はしない」
「約束ー!」
軽い足音が遠ざかり、観測室にユウリひとりが残る。
彼は深呼吸を一つ置き、水面のスクリーンに手をかざした。
《観測モード:世界信号/公開層のみ参照》
《項目:加護波形・奇跡応答ログ・祈祷流量/地域別》
神殿核は、世界の“表層”だけなら覗ける。
どこで祈りが起き、どこで奇跡が応答したか――地図の上に薄い光点として浮かぶ仕組みだ。
ユウリは、自然と“ある地域”に視線を滑らせていた。
あの小隊が巡回していた、山と谷が連なる帯。
画面を指で拡大する。
……光点が、少ない。
いや、少ないどころか、一本の線が途中でぷつりと切れている。
神殿の静寂が、急に音を吸った。
ユウリの指が止まる。
《補足:祈祷応答ラグ/該当域 平均+0.17秒 → +0.42秒》
《注意:“聖職者級”の奇跡波形 継続0 → 0(検出不能)》
《識別:リアナ・エルセリア/奇跡波形――断線》
水面の文字が、冷たい。
ユウリは目を細めた。
感情が顔に出ることは、あまりない。
けれど、ほんの一瞬だけ、喉の奥で言葉が引っかかる。
「……神が、線を切ったか。あるいは――自分で、降りたか」
指先が、ゆっくり画面をなぞる。
断線の“手前”には、微弱なノイズが幾筋も滲んでいた。
迷い。圧力。沈黙。
それらが重なって、最後に「無音」になっている。
扉の外から、軽い足音。
ティアが顔を出した。
「主様、戻ったよ! 西側は鳥の巣がいっぱいで可愛い――って、あれ? 顔、ちょっとだけ怖い」
「そう見えるか?」
「うん。主様の“眉間の線”が出てる。なにか、嫌なログ?」
ユウリは短く息を吐き、スクリーンの一枚を指で閉じた。
別の画面を開く。外縁カメラ、風向、巡回路、今日のやること。
「……誰かが“神の線”から外れた。以上だ」
「ふーん……その“誰か”、大事な人?」
ティアの問いは、いつも真っ直ぐだ。
嘘をつくと、尻尾の先がわかりやすく落ちるから、ユウリは嘘をつかない。
「昔、一緒にいた。いまは、別の道にいる」
「そっか」
ティアはそれ以上、深くは聞かなかった。
代わりに、観測室の窓から見える空を指差す。
「主様。ボクたちの“線”は、切れないよ。ちゃんとつないでるから」
「頼もしいな」
「えへへ」
ティアの笑顔は、あたたかい。
その温度が、観測室の冷たい光を少し和らげる。
「――仕事に戻ろう。監視線が伸びれば、見える範囲も広がる。見えれば、助けを選べる」
「うん!」
二人は並んで歩き出す。
階段を下り、広場を横切り、外縁へ。
都市の脈動が、足裏からかすかに伝わってきた。
◇
夕刻。
外郭の四番塔に、新しい“目”が取り付けられた。
石の上に浮かぶ薄いレンズが、遠くの地平をゆっくり舐めるように追う。
「視界、クリア。砂塵層……薄い。風向、西北。偵察影、なし」
「主様、次はどこ?」
「北の斜面。あそこに古い導魔管が埋まってる。引き出せば、外壁一つ分の灯が点く」
「了解、先行する!」
ティアが駆け、ユウリがその背を目で追う。
紅の角が夕光を弾き、桃色の髪が風にほどけた。
ユウリはふと、空を見上げた。
雲が薄く切れ、青が覗く。
あの“断線”の向こう側で、誰かが空を見ている――そんな気がした。
「……神が沈黙するなら、代わりに人が祈れ。声は届く。届かせる」
独り言は、風に混ざって消えた。
それでも、言葉の余韻だけが胸に残る。
観測塔のレンズが、北へわずかに焦点を寄せた。
遠い遠い方角に、肉眼では捉えられないほど小さな光の揺らぎ。
都市の“目”は、確かにそれを見た。
だが――この日はまだ、誰も走り出さない。
距離も、時間も、世界の事情も、すべてを織り込んで。
再会は、もう少し先でいい。
そのために、まず“見える範囲”を広げる。
ユウリは工具袋を肩に掛け直し、外壁へ歩を進めた。
廃都は今日も、少しだけ呼吸が深くなる。
そして彼の背中は、静かに夕陽を背負っていた。
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