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8.脳筋特攻


「クローさん! そこ、血が出てるのわかるっ?」

「オッケー任せてちょうだいなっと!」


 クローの軽快な声と同時に強い風が巻き起こる。それは彼の最も得意とする魔法のひとつ、風刃だ。空気を刃物のように薄く高密度に保ち、対象を切り刻む。


 風の魔法は威力が弱いというのが冒険者にとっての常識だが、ネネユノにはとてもそうは見えなかった。

 まるで瞬きをするかのように「空中に浮かぶ謎の切断面」は見えたり、姿を消したりしていたが、風刃によって蹂躙されるうちに全容が明らかになっていった。


 みるみるうちに土の上に血だまりが生まれ、ついに真っ赤な蛙がその姿を現したのである。

 ファヴが庇うようにネネユノの前に立ち、剣を構える。

 目の前に現れた真っ赤な血に濡れた蛙は、パクパクと喘ぐように口を開けたり閉じたりしていた。その頭のてっぺんは長身のファヴの頭よりずっと高い位置にある。


「さっき何が起きた?」


 視線は蛙から逸らさないまま、わずかに顔をネネユノへ向けたファヴが問う。


「し、舌で引き寄せられました。蛙なので、パクっといこうとしたんだと思います」

「つまり前回ヒーラーが腕を失くしたのは……」

「げぇ。アイツもしかして腕食われたのかよ? うっわ、最悪」


 いつの間にかそばへ来ていたクローが、まだピチピチ跳ねる蛙の舌を足で転がした。シャロンはその舌から逃げるように、足早に蛙の周囲をぐるりと大きくまわる。


「これが……インビジブルフロッグ? ちょっと大きすぎるわね」

「なるほど。やはりクローの言うとおり、保護色だけじゃなく認識阻害の魔法も使ってるな」

「滅多切りにされて魔法が維持できなくなったのね」


 姿が見えるようになれば敵ではないとばかりに、シャロンが斧を地面に刺して大きく伸びをする。ネネユノもおばあちゃんのようにヨタヨタと立ち上がり、あらためて蛙を見上げた、そのとき。

 蛙の黒い眼玉がぎょろりと動いた。


「シャロン!」

「まかせて!」

「ひぃぇー」


 ファヴはネネユノを抱えて飛びのき、クローもわずかに後退。シャロンが斧を振り上げる。ここイコニラ雨林までの道中で度々発生したフォーメーションだ。

 いつものようにそのまま一刀両断かと思われたが、しかし。


「ギイイヤァァァ」


 血濡れのカエルは一声叫んで大きく跳ね、4人を飛び越えた。

 シャロンの斧は空振りに終わり、蛙が跳んで距離をとったことで仕切り直しだ。全員がそれぞれの武器を握り直し、蛙もまた喉を大きく膨らませる。


「鳴くか?」

「仲間でも呼ぶのかしら。絶叫で鼓膜が破れたりしてね」

「油断するなよ。シャロン、あの喉を切り――」


 ファヴが何か言うよりも前に、蛙が大きく口を開けてぷくっと膨らんだ喉をしぼませた。

 次の瞬間、その口から黒い物体がクローに向かって射出されたのである。


「うわぁっ!」

「んもうッ」


 あまりに予想外な行動に、シャロンの反応が一歩遅れた。それでも対応すべく愛用の槍斧を物体に向かって投げつける。

 槍斧の穂先が黒い物体を捉え、クローの爪先まで頭ひとつ分というところで転げ落ちた。彼の足元に縫い付けられた黒い物体がビチチと跳ねる。


「オタ――」

「オタマジャクシ?」


 全体的に黒く、胴体はずんぐりとした丸で長い尾が生えている。水中を泳ぐぶんには可愛らしいフォルムだが、表面のぬめっとした質感もあいまって陸上で見ると少々不快感が勝る。


 それに何より、サイズがおかしい。いくらフォルムが可愛くても、一抱えもありそうな大きさは不気味という他なかった。

 シャロンが得物を取りに走り、代わりにファヴが前へ出る。

 ビチビチと跳ねるオタマジャクシが静かになって――。


「シャロン、来るな!」

「きゃあっ……クローッ!」


 オタマジャクシが爆ぜた。それは確実にクローの下半身を粉砕した……かに見えたが、青白い光に包まれた彼の身体は傷ひとつ負ってはいない。


「えぇっ、何いまの何いまの! ユノちゃんの魔法だよな? 魔術痕あるし、えっ、こんなヒール見たことな――うおおおおお生きてるううううう」


 ネネユノの本領発揮である。


 爆発四散しようとも、同時なら治せる。()()に体組織が全てあるからだ。しかし少しでも遅れれば、完全にとはいかないだろう。

 可能と不可能の境界線はとても曖昧で、術者本人でさえ正確な判断はできない。だから体が散り散りになるような攻撃は嫌いだ。


 同様の原理で、体組織が全てそこにあるという条件であれば一般のヒーラーにも治癒が可能だが、そのための魔力が不足するのが難点だ。今回のクローの負傷を治すのであればAまたはSクラスのヒーラーが複数必要であっただろう。


 すべてを繋げなければならない治癒士と、身体の時間を戻すだけの時魔導士では論理もコストも違うのである。


「無事……? クロー、無事なのね? アタシ」

「シャロン集中しろ、次くるぞ!」


 蛙が新たに喉をふくらませると、シャロンとファヴに向けてペペッと連続してオタマジャクシを吐き出した。が、クローの魔術による防御壁がシャロンを守り、ファヴは大きく距離をとることで難なく回避する。


「仕掛けがわかれば恐れるに足りん、いくぞシャロン」

「待って、ファヴ。アタシ……頭きた。アタシだけ何もできてないじゃない。絶対許さないわ、このクソガエル」


 ふーーと深く息を吐いたシャロンが斧を手に取って構える。

 ファヴはメンバーをぐるっと見回した。


「シャロン、俺が援護するから集中して確実に仕留めろ。クロー、シャロンを守れ。それと……ユノ」

「はい!」

「俺の治癒に専念してくれ。俺は突っ込む!」

「……はぁ?」


 ネネユノがファヴの言葉を理解するより前に、ファヴが走り出す。真っ直ぐに、オタマジャクシを避けようともせず。


「ちょちょちょちょ――“戻れ(ジール・ナピス)”! “戻れ”! “もどれぇ”!」


 驚く暇などない。目の前でボカンボカンとファヴの身体が吹き飛び続けるのだから。


 馬鹿か、馬鹿なのかあの人は!

 ネネユノにリズム感がなかったら絶対に死んでいるぞと伝えたいし、途中でなんらかの欠損が発生しても文句は受け付けない。絶対にだ。


 幾度も攻撃を受けながらゾンビのように復活しては距離を詰めるファヴだったが、ついに蛙に触れるほど近づくと身体の下に潜り込んで剣で顎を突き刺した。


「シャロン、頭を落とせ!」

「死ねぇっ! クソガエルぅぅぅ!」


 ドンッとおよそ切断音とは思えない鈍い音が響き、そして静かになった。遠くの方からギャッギャと得体の知れない生き物の鳴き声が聞こえるばかりだ。


「終わった……?」


 そう呟くなり、ネネユノはその場に崩れ落ちる。腰が抜けてしまったのであった。




お読みいただきありがとうございます!

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それではまた明日、よろしくお願いしまーす!

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