7.足手まとい
あまりに素早い動きだったが、見間違いでなければあの蛇は何かに引っ張られていた。
放り投げられた物体が辿るべき物理法則をまるで無視して、全然別の方向に水平に飛んだ……ように見える。
「どうかしたのか」
ファヴが振り返る。
道中でこの蛙との戦闘記録についてはネネユノも聞かせてもらっていた。もしかしてと頭の中で仮説を立てながら、それを思い出す。
「怪我したヒーラーさんって確か腕が……」
「ああ。腕をちぎられた。失くした腕はみつからなかった」
「引っ張られたって」
「そうだ本人はそう言っていたし、確かに俺が指示した待機地点とは違う場所にいた」
腕や足などの欠損は、当該部位があれば治癒魔法でくっつけることができる。だが見つからなければ治しようがない。だから彼らは退却し、ヒーラーを王都へ送り返したのだと言う。
「私、多分場所わかります。あっち……ええと、10時? って言えばいいんですか」
ネネユノが蛇の消えた辺りを指差すと、ファヴはクローとシャロンにハンドサインで指示を出した。
まず飛び出したのはシャロンだ。斧を構えているとは思えない速さで、ネネユノが指し示した方向へと走って行く。
が、シャロンが突然横へ飛ぶと、直後、彼女の進行方向の一歩先の地面が大きくえぐれたのである。
敵の姿が見えないせいで何が起きたのかはわからない。まるで透明の岩が飛んできたかのように、ただ地面がえぐれたという結果だけがあった。
横へ飛ばず真っ直ぐ進んでいれば、ただでは済まなかっただろう。
「……っぶな! 避けてなかったら死んでたんだけど! おりゃー!」
「ぅらっ!」
シャロンが斧を大きく横に凪ぐのと、クローの火弾が飛ぶのは同時だった。どちらも地面のえぐれた辺りを狙っていたのだが、空振りに終わる。
「は? この辺にいたんじゃないの――きゃあっ」
見えない攻撃がシャロンの斧を弾く。
取り落としはしなかったものの、大きく体勢を崩したシャロン。クローが魔法による物理防御壁を彼女の周囲に展開して次の攻撃は退けたが、このままでは逃げるのが精一杯の負け戦となるだろう。
「君はここにいろ」
シャロンの退路を確保するべくファヴが動く。
先ほどと同様ファヴも敵の攻撃を勘で避けながら走り、彼の周囲にはいくつも泥が舞い上がった。
「私……」
何もできない、とネネユノは唇を噛む。
彼らが怪我をするまで見ているしかないことが、こんなにも歯がゆいとは。
酒場でこぼれかけたコーヒーのように、ほんの僅かな時間なら時を止めることもできようが、対象が見えないのでは無理だ。
どうしよう、どうしたらいい? そう焦る気持ちのままネネユノが一歩踏み出したとき。踏んだ枝がパキっと鳴って、刺すような殺気に襲われた。
全身が粟立つ。これが殺気かと理解はしたが動けなくなってしまった。
「ユノ!」
次の瞬間、体当たりのような衝撃とともに視界がぐるんと横になる。
腹回りに感じる温かな体温はファヴの腕だ。あの大猿に襲われたときからこの瞬間に至るまで、ユノに危険が生じたときにはこうして何度も助けられた。
「動くんじゃないぞ」
そう言ってファヴはネネユノを置いて再び駆け出す。視界の隅ではシャロンが大声をあげて敵を挑発していた。
足手まといになっている。そうハッキリと自覚して両肩を抱き締めたとき、ネネユノは昨夜の出来事を思い出した。
夜中、フクロウの声に目を覚ましたときのことだ。
『まだ交代の時間じゃねぇぞ』
『あの子、どう思う?』
『……さぁなぁ。まだ実力を見てないし、オレからはなんとも』
シャロンとクローが自分の話をしていると気づき、先を聞くまいと目を閉じたが寝ようとして寝られるほど立派な神経はしていない。
『ヒールの実力は疑ってないわよ、ファヴが認めたんだから』
『そりゃそうだな』
『ただどう見てもこのレベルの戦いには不慣れでしょ。メンタルが心配』
『それこそファヴが認めたんだから、その辺も織り込み済みだろ』
『まぁ確かに……。ファヴは信じるけど』
『そのファヴはユノちゃんを信じてんだぜ』
それ以上の会話はなく、そのうちにシャロンの寝息が聞こえてきて、ネネユノもまた追いかけるように眠ってしまった。ファヴに対する絶大な信頼は一体なぜなのか、という漠然とした疑問を抱えながら。
だが、今はなんとなくわかる。
ファヴは常にメンバーを見ているし、信じているのだ。シャロンならどこまで対応できるか、クローの反応速度がどれほどのものか、理解して采配している。そしてその采配には、きっとネネユノも含まれている。
他のメンバーと比して体力が足りず、歩き疲れたときにもファヴはネネユノを荷物のように担ぎ上げて進んでくれた。あれだってメンバーの状態をよく見ていないとできないことだ。
シャロンが見えない敵を挑発するのも、ネネユノの治癒を信じていないとできることではない。
「……信頼に、応えたい」
パチンと音をたてて懐中時計を開く。
敵の攻撃に翻弄される3人に、どうにか伝えたい。蛙がどこにいるのかを。そして、自分もみんなを信じているということを。
スーッと深く息を吸ったネネユノは、強い覚悟を持って大声をあげた。
「げっこげこげこ蛙さん!」
「チッ! ユノ!」
彼女の動きに気付いたファヴが脅威の瞬発力で手を伸ばしたが、ネネユノはすんでのところでそれを躱す。ファヴの手が空を掴み、ネネユノもまた宙に浮いた。
「ひゃああああ!」
「ユノちゃん!」
魔術師が叫び杖を構えるが、詠唱もなく撃った彼の石礫は地を穿つのみで空振りに終わる。
ネネユノの身体は浮遊したまま、鳥が気流に乗って飛ぶように大木7本分くらいの距離を真っ直ぐに移動する。それをファヴとシャロンが追いかけた。
「“止まれ”っ!」
ネネユノが叫ぶ。懐中時計が青白く光り、彼女の身体は宙に浮いたままピタリと静止した。
最も速くネネユノに接近したシャロンが大きく跳躍し、彼女の真下を狙って斧を叩きつける。が、それもまた空振りだ。地面に刺さった斧をてこの原理で引き上げた。
「こここここっち! こっち切って!」
ネネユノが自分の左側を手で示す。
「ええっ? どこよ?」
「こっち! あと3秒くらいしか持たないから!」
「3秒ってなに――」
「ここだな!」
天高くから声が聞こえた。
ファヴが飛び上がり、そして剣を振り下ろしながら落ちてきたのだ。
彼の剣は確かな手ごたえとともにザンッと音をたてた。同時にネネユノが転がり落ち、彼女の脇にはピンク色の細長い物体がピチピチと跳ねまわっている。
「そこ!」
ネネユノは強かにぶつけた腰をさすりつつ、宙に浮かぶ丸い赤を指差した。
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