10.腰がすごく動いてる
それは半ば無意識の行為だった。
ファヴの姿がバルバーソの右側に見えたから右に移動。ネネユノが一瞬のうちに判断したのはそれだけのことだ。
――もう1回やってみよっか。ママが手をあげたときにパパが右に見えたら?
――みぎ!
記憶も曖昧なほど幼い頃、ネネユノは両親と一緒にそんな遊びをやっていたことがある。パパの姿が左側に見えたら左だ。
ママが攻撃側で、パパとネネユノが防御側の協力プレイの遊び。
パパがママの腕を指で自分とは逆側に押しやって、ネネユノはパパと同じ方向に逃げるというもの。ママの手のひらが完全にネネユノに向いたらネネユノの負けだ。
手のひらが向いたとき、ママはネネユノに時魔法をかける。突然動きが遅くなったら、それが負けの合図というわけだ。
ママは不意を衝くし、パパは指一本で対応するというルールはママに有利じゃないかとか、そもそもずっとママが攻撃側だとか何度も訴えたが、最後まで改善してもらえなかったのだけは不満だったけれども。
偶然とはいえあの遊びに助けられた。バルバーソの攻撃はネネユノの左側へ飛び、地面を大きく穿っている。
いや、今ならわかる。きっとあれはネネユノのための訓練だったのだと。
ファヴと目が合うと、彼も驚いたのか翠色の瞳を丸くしていた。が、すぐに楽しそうに笑う。
「ハッ。この国の人間は魔族について忘れてなかったようだな」
ネネユノにその言葉の意味はわからないが、それでもなんとなくファヴとネネユノが同じ気持ちだという確信がある。きっと同じ動きで今後もこの攻撃を躱せるはずだと。
ならば。
全員が生き残るために必要なことをしよう。必要なことさえすれば、このメンバーで生き残ることができるってことなんだから。
「まぐれにはしゃげるとは幸せな頭でいいですね。それにこれでは時魔導士の実力がわからないではありませんか」
困った顔を浮かべながら、演技じみたわざとらしさでバルバーソが首を横に振った。ファヴは攻撃の手を休めないが、バルバーソにとってそれはあまり問題になっていないようだ。
が、ネネユノを試そうとしているうちがチャンスだ。本気を出す前に少しでもこちらの態勢を整えておきたい。
ここへ来る前、クローに「覚えておけ」と新たに教えてもらった時魔法のひとつを実践するときがきた。
「まずはヨナスね……。加速せよ!」
「邪悪なる霊よ、我は汝に命ず――我……なる天……神の――」
「ねぇヨナスがなんか壊れたんだけど!」
「早口にした!」
「や、呪文だけじゃなくて動きもキモイわよ!」
時魔法によって一時的にヨナスの全ての時間が加速している。シャロンの言うとおり、詠唱に応じて動かす杖が小刻みに揺れ、ヨナスの腰も異様なリズムで前後左右に動いていた。
「ほんと気持ち悪いわね!」
「仲間に言ってやるなよ、実際キモイけど!」
「……の深淵……永遠の……疾く消えよ!」
目にも留まらぬ速さでヨナスが杖をシュピっと振れば、ダンジョンボスである亡霊が眩い光に包まれ、耳をつんざく絶叫をあげた。
一発で仕留められたわけではないが、大ダメージを与えたことは確かであろう。動きが気持ち悪いことにさえ目を瞑れば、亡霊を始末するのは時間の問題と考えてよさそうだ。
「次は……天井作らないと!」
誰かが魔物化の呪いを受ければ解呪し、怪我をすれば直し、ファヴの位置とバルバーソの腕は常に視界に入れて。
すごく忙しい。忙しいが、どこか頭が冴えて爽快ささえ感じ始めていた。
魔物が落ちて来ないようにするには、落ちてくる前に魔物たちの時間を止めればいい。単純で簡単な方法だ。
ただ、ずっと止めておくのは難しい。魔力を食い続けてしまい、いざという時に何もできなくなってしまうかもしれない。
「やっぱり正攻法かなぁ。……ファヴ、ちょっと耐えて」
「わかった」
「おや、何をする気でしょうか」
バルバーソの目に好奇心の色が差した。
第一関門は突破だ。ここで警戒されていたらきっと上手くいかない。だがバルバーソはまだ自分が勝つことを微塵も疑っていない。だからネネユノが何をしようと見守っていられるのだろう。
ネネユノは懐中時計を左手に載せ、さらに上から右手をかざす。ネネユノの魔力が懐中時計を経由して、滝のように地面へと流れ落ちていった。まるで、氷から冷気が落ちるみたいに。
何も難しいことをしているわけではない。
使う魔法だって、今までに何度も何度も唱えて来たものだ。
ただ、範囲が最大級というだけで。
流れ落ちた魔力は洞窟内の地面を覆いつくした。
「“戻れ”」
懐中時計の真上に青白い光が魔法陣を描く。
それが弾けるのと同時に、大小様々な岩、石、砂が浮かび上がり、吸い込まれるように彼方上方へと飛んでいった。
広い範囲で、かつ対象に人間を含まないこの時間遡行魔法は、繊細なコントロールに加えてとにかく魔力の消費が莫大だ。が、長い目で見ればこちらのほうが安上がりだし、確実であろう。
そのうちに、微かな光も届かなくなった。穴が全て塞がれたのだ。
これでもう新たに魔物が降って来ることはない。今いる雑魚を倒してしまえば、月侯騎士団7名の戦力をバルバーソに注ぎ込めることとなる。
「ほほう。解呪の速さもなかなかですが、一度に放出できる魔力量も想定を超えましたね。死生みの谷以前のあなたとは少し違うようです。なるほど、なるほど……。あとは体内の魔力量がどれほどか、わかるといいのですが」
ふむ、と何か考える様子を見せるバルバーソ。
しかしその間にもシャロンやクローたちは着々と雑魚を減らし、ついには亡霊をも倒したようだった。聖属性の光と亡霊の断末魔が洞窟にほとばしる。
「これでやっと、バルバーソとやらをぶっ飛ばせるわね!」
「ンだなぁ」
「ユノさん、手が空いたので怪我の対応はボクが代わります!」
シャロン、クロー、ヨナスが武器を構え直したところで、バルバーソは突如強い力で腕を振り、ファヴを壁へと叩きつけた。さらに烏のような艶めく漆黒の翼を広げ、ふわりと舞い上がる。
その手にはおぞましい気配のする魔力の玉が赤く光っていた。




