9.第三の敵
「ユノちゃんありがとね!」
そう叫んだシャロンは自らの力で拘束術を破り、斧を握った。
あの魔法、抜け出せるの? と一瞬だけ首を傾げたネネユノだったが、クローの反応を見るに単純に馬鹿力だったらしい。
「おま、なんで自由になってんのォっ?」
「クロー、修行が足りないんじゃなくって?」
「くっそ。肉体強化バカにはもっと魔力圧が必要か……」
「肉体強化だけは、お父様と並べたと思うのよね」
シャロンはクローと亡霊の間に割って入り、振り上げられた剣を弾いた。間一髪、クローの命は守られたようだ。
亡霊は戦槌で叩かれるのは平気でも、斧に切りかかられるのは好まないらしい。あるいは、シャロンの攻撃の速度にひるんだのか。どちらにせよ、吹っ切れたシャロンが敵を圧倒し始めた。
「ねぇ、お父様より全然弱いんだけど!」
「物理ほとんど効いてねぇだろうが。ってかこっちに敵の攻撃飛んで来てんぞ! ちゃんとやれよ」
「天才なら魔法攻撃くらい自分で防御できるかと思いましたのにー?」
「腹立つぅ~」
もういつも通りのシャロンである。
これなら大丈夫そうだとネネユノが胸を撫でおろし、ファヴもまた皮肉を隠さない笑みを浮かべる。
「目が覚めたか?」
「おかげさまでね!」
「じゃ、こっちの雑魚も持ってくれ」
「はぁ~っ?」
「ここからが本番だ!」
言い終わるよりも前に、ファヴは雑魚の群れをシャロンに押し付けながら駆け出した。
と思えば、瞬きをする間にネネユノの目の前までやって来て、乱暴にネネユノを担ぎ上げる。
「ぎゃぁっ!」
その一瞬後には、轟音とともにネネユノが元いた場所に土煙があがった。ファヴがいなければ、ネネユノはぺちゃんこになって死んでいただろう。
洞窟のどこかで「また詠唱し直しだ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「なになにっ? 何があったの?」
「バルバーソだ」
土煙が落ち着いて視界が明るくなるにつれ、洞窟の中心に誰かがいるのがわかった。
ずっと前、ファヴたちに出会ったばかりの頃にも一度だけ感じた、ぞわっとする気配だ。あの頃は気配よりもファヴたちから発せられる覚悟の空気のほうに驚いたが、今ならネネユノにもわかる。
否応なしに死を覚悟させられる、おぞましい気配。
ようやく姿が見えるようになったバルバーソは、一見すると普通の人間と変わらなかった。が、頭の左側には羊のようにくるっと巻かれた角があり、目も羊や山羊のような横に細長い瞳孔だ。
身長はそう高くなく、どこかあどけない表情は子どもにも見える。それが微かに浮いたまま、洞窟の中央にいた。
「バルバーソですって? アタシの仇のお出ましってわけね」
「オレにとっても仇なんですけどねぇ?」
息を吞むシャロンとクローに、ファヴも大きく頷いた。
「ああ。その雑魚どもを片付けてからなら、殴らせてやってもいいぞ」
「じゃあそれまで殺さないでよね!」
シャロンが優勢とはいえ亡霊はピンピンしているし、雑魚は未だに上から降って来る。
一方こちらはトルヴァルドの意識が戻らないままだし、連戦の疲れだって無視できない。ダンジョンへ入ってからここまで、ほとんど休憩もなかったのだから、それも当然のことだ。
その状態で魔族の相手までできるのだろうか。ネネユノが不安で唇を噛むと、ファヴは彼女の頭にポンと手を乗せて名を呼んだ。
「ユノ」
「あい」
「俺たちが生き延びるために必要なこと、全部やってくれ」
「えぇぇっ?」
ファヴはそれだけ言ってバルバーソへと切りかかる。
生き延びるために必要な、と言った。つまり、ネネユノが何かしないと全滅するということだ。突然の重責にネネユノの手が震える。
もっと具体的に指示してくれればいいのに、とファヴを睨んではみるが、彼はすでに魔族と対峙していて忙しい。というか、なぜファヴは魔族と渡り合えるのか、全く謎だらけの男である。
「ユノ!」
「わわっ! もももも戻れっ」
一瞬目を離した隙に、ファヴの首に赤い線が走っていた。魔物化の呪いをかけられたということである。全然渡り合えてなかった。
しかも王子メイナードにかけられた呪いと同じで、転化の速度が速い。死生みの谷やこのフリーランドのダンジョンに仕掛けられた罠によるものより、ずっと効果の強い呪いだ。
魔力抑制の指輪をつけていない今のネネユノなら解除できるが、時間的な猶予はほとんどない。もし見落としたら仲間がひとりひとり魔物になってしまう。
つまり、優先順位は呪いの解除が一番。怪我の回復が二番。
それから……。
ネネユノはファヴの呪いを解除しながらざっと周囲を見渡す。
ヨナスは先ほどのバルバーソの襲撃で、再び詠唱が中断されてしまった。
死生みの谷付近のアンデッドならともかく、ボスクラスの亡霊ともなればやはり聖魔法が確実なのだろう。だからクローも援護に徹しているのだ。
では、ヨナスの詠唱スピードを上げるのがいいかもしれない。ボスがどうにかなれば、クローとヨナスの手が空くのだから。
次に天井。
いつまでもやむ気配のない魔物の雨が厄介だ。雑魚がいつまでも降って来るから、シャロンを含む3人が自由にならない。
どうすればいいかはわからないが、やることリストに入れておこう。
そして最後に――。
「大した力も持たない時魔導士かと思いましたが、死生みの谷から生還した上にわたしの呪いを消すとは想定外。思いのほか有能なのでしょうか?」
「え、喋った?」
「……やはり、わたしが長い眠りについている間に、この国の人間は魔族について忘れたようだ」
「ずっと寝てていいんだけど!」
このように、バルバーソがずっとネネユノを見ていることに注意が必要だ。
ファヴも言っていた。バルバーソはネネユノを狙っていると。それはつまり、バルバーソの攻撃から逃れなければならないということだ。
「さて、生き残りの時魔導士がどれほどのものか、確かめてみましょう」
バルバーソはファヴの攻撃を左手でいなしながら、もう一方の腕を上げてネネユノへ手のひらを向けた。




