7.なんだか大変なことになっちゃったぞ
ネネユノは氷に包まれた洞窟の中を一瞥し、雑魚狩りのほうは問題ないと判断した。
ファヴが率先して雑魚のヘイトを集め、槍と弓のふたりが確実に倒しているからだ。雑魚は未だ上から降って来るため思わぬ人物が思わぬ怪我を負うこともあるが、回復役としてはファヴを重点的に見ておけばいい。
問題はシャロンだろうか。
ネネユノの視線の先で、トルヴァルドと亡霊が対峙している。動かないままのシャロンを、クローが「邪魔だ」と押しのけていた。
「さすがに強いな……!」
トルヴァルドの顔に浮かんだ挑戦的な表情に、ネネユノは喉を鳴らす。
いくら属性付与で攻撃ができるようになったとはいえ、亡霊が相手では自慢の戦槌の能力を発揮しきれないのだろう。
実際、亡霊の鎧には凹みのひとつも入れられず、剣を弾き飛ばすこともできないまま。ただ攻撃をいなし、押し返すのがやっとと見えた。
それだって、まるで干したシーツを叩いているみたいだし、トルヴァルドは速さで圧倒されている。どうにか致命傷は躱しているものの、細かい傷は増えていくばかりだ。
一方、亡霊側の攻撃は剣技だけではない。そもそも、一般的な亡霊は人間の生気を糧にするのだ。隙を見せれば一気に持っていかれる可能性がある。
ネネユノは時間操作でサポートするべきかとも考えたが、今はその時ではないと唇を噛んだ。今、回復役は自分だけなのだ。余計なことをして回復がおろそかになったら本末転倒である。
「ヨナス、まだか」
「もう少し……!」
「オレが援護にまわる!」
威力の高い聖魔法を打ち込むべく、ヨナスが長い詠唱を口にする一方で、クローは無詠唱で炎属性の魔法をいくつも放り込んだ。
聖属性に比べれば数段落ちるが、炎もまたアンデッドの弱点属性と言えよう。
『チィ……ッ』
舌打ちにも悲鳴にも聞こえる、ひどく掠れた声があがった。
亡霊が炎弾を防ごうとクローのいる側面へと盾を構えるが、天才の炎弾は縦横無尽に飛んで行くため全てを防ぐことはできない。
小さいが確実にダメージを与えていく。
亡霊がついに「ぎゃっ」と小さな悲鳴をあげ、クローが追撃するべく杖を構え直したときだった。
「よーっしゃ、もう1発ぶちかまして――」
「やめてっ!」
「うぉっ」
斧をぶんと横に振ってクローに攻撃を仕掛けたのは、シャロンである。
クローはすれすれのところで後方に飛んだが、そうでなければ身体が上下真っ二つになっていたところだ。
「おいぃぃぃ! 何すんだよっ! あっぶねぇだろが!」
「やめてよ!」
「やめてってなに惚けたこと言ってんだ。敵はあっちだろ、いい加減にお前も働け」
「敵じゃない……っ! お父様なの!」
時間が止まったみたいだった。
誰もが目を丸くしてシャロンを二度見したのだ。シャロンのグレーの瞳が涙に濡れている。
時魔法なんて使わなくても時間って止まるんだ、などとよくわからないことを脳みその奥のほうで考えるくらいには、ネネユノも動揺している。
そんな中、最初に気を取り直したのはクローであった。
「いやいやいや、あれがお前んちの紋章だってのは知ってるけどオヤジさんだとは――」
「いいえ、お父様だわ。あれはアタシが武運を祈って贈ったハンカチだもの」
戦いに赴く誰かのために物を贈るという慣習はどこにでもある。
以前もファヴが街の女性からお守りをもらったことがあったし、冒険者にも妻あるいは恋人からもらったんだとハンカチやスカーフを自慢する者がいた。
確か、無事を祈るまじないを刺繍するのだとか。亡霊の左腕に巻かれた薄桃色のハンカチにも、刺繍があるのだろうか。
ネネユノも昔、冒険者である父が仕事に向かう際、綺麗な石を贈ったことがある。私のことを忘れないでね、絶対帰って来てね、何かあったらこの石が身代わりになってくれるはずだからねと。
意味合いとしてはきっと、石とハンカチは同じなのだろう。
「だとしても亡霊だ! 記憶を読んだだけだ! 話になんねぇよ、お前もう引っ込んでろ」
「ちょ――」
「ヨナス! くそっ」
シャロンはまだ何か言おうとしたようだったが、トルヴァルドの叫びがそれを掻き消した。
亡霊が突然、ヨナスへと切りかかったのだ。
ダメージの低い物理攻撃では注意を引きつけ続けるのが難しく、クローの援護が途切れた結果、ヨナスの練り上げる特大の魔力に反応してしまったのである。
すんでのところでファヴがヨナスを後ろへ引き倒したが、亡霊の振り下ろした剣はヨナスの肩口から胸のあたりまでを赤く染め上げた。
「ユノ!」
「わかってる!」
ファヴは雑魚を多く引き連れており、いつまでもヨナスの傍にはいられない。
槍術と弓術の騎士たちがヨナスと雑魚の間に入って守り、その間にクローが倒れたヨナスを引きずって雑魚や亡霊から距離をとる。
ネネユノはヨナスの身体の時間を戻し、トルヴァルドが改めて亡霊の注意を引きつけて……。
と、どうにか態勢を立て直したものの、シャロンはまだパニックを起こしているようだった。泣きわめく姿はまるで子どものようだ。
「トルヴァルド! あなたにお父様を叩く資格なんてないわ! お母様を殺したくせに、アタシからお父様をまた奪うの!」
彼女の斧がトルヴァルドに向けられる。
その刹那、ファヴが冷たく言い放った。
「クロー、シャロンを拘束」
「……りょーかい」
クローがふわっと杖を振ると、淡く緑に光る何かがシャロンの身体に巻き付いた。




