6.ボス部屋に落とされたっぽい
落下には、底がないのではないかと心配になるほどの長い時間がかかった。
強い風圧がネネユノの呼吸を妨げる。落下によるパニックも影響して息ができず、魂が抜けかけた頃に闇の底で何かが光った。
元いた場所からの光を反射しているのか、そこかしこでキラキラ輝いている。つまり底が近いということか、とネネユノの考えが至ると同時にファヴが叫んだ。
「クロー!」
「あいよう!」
ネネユノはファヴの腕の中から、クローの手に杖が出現するのを見守る。
異空間保管魔法と言ったか、ここではないどこかに物体を仕舞えるらしい。
羨ましくて教えてもらおうとしたことがあるが、そもそも時魔導士は時魔法以外の魔法を使えないので諦めるほかないのであった。
そんな便利な魔法が使えたらサーモンジャーキーをみっちり仕舞っておくのに。などとぼんやりしていると、クローの杖が光ってふわりと落下が止まった。
「えぇ……?」
「上達したな、クロー」
「だろ。オレは天才魔術師だからな!」
宙に浮いたままファヴとクローが笑い合う。
プハっと思い切り息を吸ったネネユノが首を傾げた。
「なんのこと?」
「重力操作だ。以前、落下を止めたら内臓が潰れて――」
「げげ……」
クローが天才でよかった。
ネネユノなら時を止めることができるが、それは落下の勢いを止めることにはならない。時間を動かせば結局地面に叩きつけられただろう。
天才様の繊細なコントロールのおかげで、8人は無事に地に降り立つことができたのである。ホッとしたのも束の間、ひんやりとした空気がネネユノを包む。吐いた息が白い。
「さむ……いや寒いな!」
「氷だ。氷柱もある。ここはボスエリアか」
ファヴの言う通り地面には霜が降り、所々に棘のような氷が突き出している。壁はすっかり氷に覆われているようだが、奥は光が届かないため状態がわからない。
ネネユノとファヴの言葉に反応してか、シャロンも周囲を見回して肩をすくめた。
「そういえば、死生みの谷もボス部屋は雪と氷だったわね」
「ここはバルバーソによって創られたダンジョンらしい。恐らく、それがバルバーソの心象風景なんだろう」
「そう、雪と氷がね……。アタシの故郷は暖かかったから、相容れないわ」
吐き捨てるように言うシャロンに、トルヴァルドが目を丸くする。
「まだ故郷だって認識があるんだな。てっきり、忘れたいくらい憎んでるかと」
「憎んでるわよ。あんたたちをね。戦争になったら真っ先に戦線へ志願するつもりでここにいるんだから」
怒りに燃えるシャロンの目を、ネネユノは初めて見た。
いつも穏やかで、世話焼きで、お肌の調子ばかり気にする年頃のお姉さんというイメージだったのに。まさかこんな一面があるとは。
再び空気がヒリついたところで、リーダーであるファヴが手を挙げてふたりを制する。
「とにかく今は警戒を怠る――」
言葉が最後まで発されることはなかった。
その必要がないほどに、剝き出しの殺意を向けられたからだ。
そう、ここは恐らくボス部屋である。ボスエリアを守るゲートキーパーはいなかったが、ボスエリアへの侵入が落下であった以上、最初から存在しなかったのだろう。
カシャ、カシャ、と音がする。
氷の洞窟の奥からやって来たのは、ひとりの騎士だった。甲冑に身を包む、なんのことはない普通の騎士だ。その異様なまでの殺気を除けば。
彼の持つ盾には、猛々しく咆哮をあげるグリフォンを蔦がぐるりと囲むような意匠が描かれている。ネネユノでさえ話に聞いたことのある、隣国で最強と恐れられる辺境の伯爵家の紋章だ。
さらに騎士は左腕に薄桃色の布を巻きつけていた。縁を繊細なレースが飾る女性もののハンカチに見える。
特筆すべきことがあるとすれば、その騎士に生気が感じられない、ということだろうか。
心臓に氷をぶちまけられるような、体の芯から凍えるようなこの気配は、ネネユノにも覚えがある。死生みの谷でさんざん出会った魔物たちと同じだ。
「アンデッド……。亡霊か」
「り、隣国の騎士の亡霊がなぜ」
ヨナスの呟きにファヴは亡霊を見据えたまま口を開く。
「具現化霊だ。その場にいる人間の記憶から姿を借りる厄介な魔物だよ」
最も騎士の近くにいたのはシャロンだ。次いでトルヴァルド。二人ともすでに武器を構えて敵を迎えようとしている。彼らはどちらも隣国の出身だ。その記憶から創造された姿ということだろう。
ネネユノは強い殺気に気圧されて、ぴゃっとファヴの背後に隠れた。
「クロー、ヨナス。属性付与を」
「おうよー」
「はいっ」
亡霊には物理攻撃が効かない。が、アンデッドが嫌う属性を武器に付与してやれば、攻撃を当てることができるようになる。
当てたところでその威力は低いが、非魔術師であっても戦えるとなれば戦況は大きく楽になるというものだ。
今回は聖魔法を扱うヨナスがいるので、より簡単な仕事になる……かと思われたのだが。
「シャロン、ボスのヘイトをとってくれ。他はヨナスとクローの援護にまわれ。ユノは自由行動!」
「自由ぅーっ?」
「頼りにしてるぞ、相棒」
「うぇっへ……」
ファヴの指示でそれぞれが散会しつつ適切な位置へと移動する。ネネユノもサポートに徹するべく、懐中時計を握り締めて一歩前へ出た。
が、なぜかシャロンが動かない。
「シャロン?」
「おい、シャロン!」
ファヴとクローが口々に名前を呼ぶが、動く気配はない。斧を構えたまま微動だにせず、亡霊を見つめている。
カシャ、と音を立ててやって来た亡霊がシャロンの前で剣を振り上げた。
「くそったれ!」
真っ直ぐ振り下ろされる剣を受け止めたのは、トルヴァルドの戦槌である。
それと時を同じくして、上空からいくつもの物体が降って来た。ベチャ、バキ、グチャと嫌な音を立てて落ちて来たのは、魔物の群れだ。
上の階層から魔物がひっきりなしに落ちて来ているらしい。落下の衝撃で死ぬものもあるが、頑丈な魔物は起き上がって襲い掛かってくる。
「団長、雑魚が!」
「これは面倒だな……! ヨナス、クロー、トルヴァルド、それにシャロン。4人はなる早で亡霊を片付けてくれ。ネネユノは全員の回復を。残りの2名は俺と一緒に雑魚狩りだ」
「ふぇぇ……っ!」
このような状況でも規律が乱れないのは、さすが月侯騎士団というところか。
リーダーの指示に従い、全員が動き出す。――シャロンを除いて。




