3.立派な大人ですので
アタシ帰りたい。とシャロンはすっかりむくれて動かなくなってしまった。
ファヴとクローは慣れた様子でその場にとどまり、クッキーやコーヒーなどの軽食を準備し始める。どうやらシャロンがこうなることは織り込み済みらしい。
実際に合流するまでトルヴァルドの名前を出すべきじゃなかった、とファヴが苦笑を浮かべた。
シャロンとトルヴァルドがどれだけ仲が悪かろうと、美味しいクッキーで休憩できるならネネユノにとっては万々歳だ。
魔物はあらかた倒してしまって危険はない。ネネユノが少し離れたところに座り込んだシャロンにコーヒーを届けると、ムスっとした表情が解けた。
隣に並んで座り、ファヴとクローの会話を聞くともなしに聞く。
「つーか、魔物になった奴は戻せないって言ってたけど、マジか? 時魔法で死者蘇生ができないってのはわかる。けど魔物への変異は――」
「間違いなくヒトとしての死を挟む。過去、同様の呪いで魔物化した者の時間を戻した時魔導士がいたが」
「いたのかよ」
「だが記憶、言語、共感性、社会性といった……人が人たる所以、人間性までは取り戻さなかった」
「ふぅん。記憶もかぁ。じゃあつまり、さっきのゴブリンがユノちゃんを狙ってたのは、本人の記憶じゃなくて魔族の意志ってことか?」
「そうだ。バルバーソはかつて時魔――」
ファヴの話の途中ではあったが、ネネユノ達と同じ月侯騎士団の制服に身を包んだ一団がやって来て、会話は中断された。
「団長。わざわざご足労いただき申し訳ありません!」
「トルヴァルド。いや、魔族相手によくやってくれた。ここまで来てもらって悪かったな」
トルヴァルドと呼ばれた男は、黒い髪を短く刈りあげ、ファヴよりも長身で肩幅もある。いかにも戦士といった風情だ。部下らしき一団は背後で静かに整列している。
彼が背中に担ぐ武器は戦鎚だろうか。そういえば以前、脳筋の戦鎚バカがいるという話を聞いたな、とネネユノは人知れず頷く。
頬の古傷を撫でながら、トルヴァルドが周囲を見回した。
「あれは……教会荒らしのゴブリンですね」
トルヴァルドの榛色の瞳は左腕のないゴブリンの死骸に向けられている。
ファヴが片方の眉をあげてその視線を追った。
「教会荒らし?」
トルヴァルドが言うには、アカロンは教会ばかりを襲撃する厄介なゴブリンだったらしい。
聞きかじった情報をまとめただけですがと前置きして続ける。
「最初にアレが教会に姿を見せたときは、魔物へ転じる途中だったそうです。しかし解呪するには手遅れで、その場で魔物化。以来、治せ治せと喚きながら破壊の限りを尽くし、教会を渡り歩いていたそうですよ」
「迷惑な奴だな」
「ただ、教会以外で人間を襲うことはないとか。魔族と契約していたとも聞いています。恐らく魔族の指示で教会だけを襲っていたんでしょう」
「同感だ。バルバーソは魔物を増やして手勢にするからな。解呪のできる教会は邪魔だったに違いない」
ファヴとトルヴァルドのやり取りに口を挟んだのはクローである。
コーヒーで口の中のクッキーを流し込み、息つく間もなく「でもさぁ」と声をあげた。
「ユノちゃんのことは襲ったじゃん?」
「さっきの話に繋がるが、それも魔族の指示だ。恐らくバルバーソはユノを付け狙っている」
「私ぃ? やだやだ、なんで!」
ネネユノの声が裏返る。ここで初めてトルヴァルドの視線がネネユノへと向けられた。
目が合うなり、トルヴァルドの気難しそうな表情がさらに険しくなる。
「彼女は? ……月侯騎士団の制服を着ているようですが、まさか」
「新入りだ。連絡はしたはずだが」
「はい、新人を含む4人で応援にいらっしゃると。ですがあの子はまだ子どもです」
「大人ですけどっ!」
ユノは主張する。
花も恥じらう17歳。子どもじゃないから孤児院を追い出されたのだし、結婚だって認められる年齢である。立派な大人だ。そりゃあ、多少は小柄だという自覚もあるけれども。
「ユノ・カバナだ。こう見えて一応大人――」
「れっきとした、大人ですけど」
ファヴの言葉に被せれば、ファヴも頷いてそれに応えた。
「ということだ」
「はぁ……。いえ、隊長の人選であれば自分は問題ありません。失礼しました」
右腕を胸の下に、左腕を背中に回しつつ左足を右足に揃えるという月侯騎士団式の敬礼をするトルヴァルド。次いでネネユノにも軽く目礼する。
そんな彼を横目にシャロンがネネユノの肩を抱いた。
「デリカシーのない男っていやね」
「でりかし」
「気配り、心配り、思いやりってやつよ。ユノちゃんは立派なレディーだものね」
「そう。大人のレディー!」
トルヴァルドはシャロンに対して忌々しそうな視線を向けたが、それを言葉にすることはなかった。シャロンもそっぽを向いてネネユノの口にクッキーを放り込む。
シャロンとトルヴァルドはやっぱり仲が悪いんだなぁと思いつつ、ネネユノは見て見ぬ振りをした。大人のレディーならそうするはずだし、クッキーは美味しいので。
「では、早速向かおうか」
飲み終えた金属製のマグをカバンにくくりつけ、ファヴが立ち上がる。
「はい。団長も5層までは降りられたと伺ってますが」
「罠が多かったな」
「下層へ行くほど増えます。そのためヒーラーの数と魔力に不安が――」
「それは問題ない」
ファヴとクロー、そしてシャロンの視線が一箇所に集まった。
ネネユノは「ひぇっ」と飛び上がって、シャロンの影に隠れたのであった。




