1.殺伐としたフリーランド
ご無沙汰しております。
戻ってまいりました。またよろしくお願いします。
風はなく空は濃い青で、小振りの真っ白な雲がいくつも浮かんでいる。
街道は活気にあふれているように見えるが、それはここフリーランドが戦場と化しているからに他ならない。右を見ても左を見てもたくさんの魔物と冒険者が少々。
シャロンが愛斧をズリズリ引きずりながら肩を落とした。
「馬車がないってどういうことよぉ~? ねぇ、前にフリーランドに来たときからもう1ヶ月はたってるわよね?」
魔族が出たとの報告があった新興ダンジョンへ向かうため、再び大きな転移装置をくぐりフリーランドへやって来た一行は、徒歩での移動を余儀なくされている。
魔物の数があまりにも多いせいだ。馬も人も、逃げ出したか殺されたかして不在なのである。
魔力抑制の指輪を外していたおかげで、転移装置を使ってもネネユノが魔力酔いを起こさなかったのは不幸中の幸いと言えるだろうか。
「ンだなぁ」
クローも、自分の背丈ほどありそうな愛杖で器用に自分の肩を叩いて頷いた。
ファヴはそんなふたりをチラっと見て、微かに首を傾げる。
「馬車ならあるだろう。馬がいないし、動かしようがないが」
「普通それをないって言うのよ」
「言葉とは難しいものだな」
「アタシにはファヴを理解するほうが難しいわ」
やれやれと言った様子でシャロンが斧を一閃すれば、彼女に迫っていたヘビ型の魔物が真っ二つとなった。
ネネユノは転がったヘビの魔物の死骸を跨ぎつつ、ぼんやり歩く。
フリーランドは魔物で溢れているが、月侯騎士団が普通の魔物に苦戦することなどない。ヒーラーとしての役割は皆無であった。楽ちんではあるが、なんだか居たたまれない。
時間操作でサポートしようかと試みたこともあったが、それはファヴに禁止された。人目のあるところで時魔導士だとわかる行動をするな、ということらしい。
クローが空から急襲する鳥型の魔物を魔法で撃ち落とし、特大の溜め息をつく。
「魔物さぁ、なんか段々増えてねぇ?」
「そうよねぇ。アタシもそう思う」
「え、だってダンジョンに魔物化の罠がたくさんあるんでしょ? 近づくほど増えるのは当たり前なんじゃ……」
戸惑うネネユノにクローは立てた人差し指を小さく左右に振って見せた。
「月侯騎士団が一時撤退するってときは普通、侵入禁止にすんの。危ねぇからな。で、やることのなくなった冒険者たちはどうするか?」
「帰る?」
「違うわよ。近場の魔物を狩って小遣い稼ぎしながら、入れるようになるのを待つの」
「あぁ~。確かにそうだったかも!」
ネネユノは自身の冒険者としての記憶を振り返って手をたたく。
何らかの理由、たとえば岩盤の滑落だとか毒素が充満しているとかで一時的にダンジョンへ入れないとき、冒険者たちは周囲の掃除をするのが普通だった。
せっかくダンジョンまで足を運んだのだから、なんの成果も無く帰るわけにはいかないというのが彼らの理論だ。
「え。……じゃあ、なんでこんなに魔物いるの?」
「って話をしてたんだよなぁ――っと、オラァ死ねぇ!」
会話中だって魔物が空気を読んでくれることはない。お喋りに花を咲かせた分だけ、一行の周りには魔物が集まっていた。
クローの杖の一振りで虫型の魔物が1匹、灰と化す。ファヴもシャロンもそれぞれ武器を手に魔物と対峙し……。
仲間の視線がネネユノから外れたその次の瞬間、ネネユノの身体が宙に浮いた。ファヴが抱き上げたわけではない。何か生臭いにおいがネネユノの鼻をつく。
「わあぁっ!」
「ユノちゃん!」
「ユノ!」
驚異の瞬発力でネネユノを抱える大型の魔物に切りかかったファヴだったが、一瞬の差で魔物が後方に飛んでそれを躱した。
二足歩行、緑色のかさついた肌、猿に似たもっと醜悪な何か――ゴブリンである。しかも見上げるほどの大きさだ。
「ナ……治……セ」
「えぇっ? ねぇなんか喋ってるコイツ!」
「ナオ……ナオセヨ、ハヤ……」
早く治せよ。アカロンがよく言う言葉だ。
ネネユノが自分を抱えるゴブリンの左腕を確認すれば、そこには咆哮をあげるドラゴンの刺青があった。
冒険者なら誰だって大好きなドラゴンだ。アカロンが自慢げに見せびらかしていたのを思い出す。
「アカロン?」
「ナオ……セ」
「痛いってば!」
ゴブリンの腕がネネユノの身体を締め付ける。さらに、まるでその言葉しか知らないかのように治せと繰り返した。
しかしそれを真っ向から否定する者が。
「治らない。治せない。お前はもう人間としての死を迎えている。死んだ者を生き返すことは不可能だ」
ファヴだ。
元アカロンのゴブリンが彼の言葉を理解したとは思えない。しかし否定されたことは感じ取ったらしい。激昂してネネユノの身体を宙に放り投げた。
「ぎゃあああああっ」
ネネユノの視界が広がり、周囲の建物の屋根がよく見える。赤に黄色にオレンジとカラフルだ。が、彼女にそれを楽しむ余裕はない。
ふわっと一瞬の浮遊感の後、ネネユノの身体は重力に従い落下する。
ゴブリンは落ちてきた彼女の襟を掴み、再び振り上げた。それはまるで癇癪を起した子供のようであった。
「苦じ……っ」
「ユノ、止めていいぞ。一瞬な」
言いながらファヴは高く飛び上がり、ゴブリンの肩を足掛かりにしてさらに上へ。重力と自重を利用しながらゴブリンの左腕に剣を振り下ろす。
ユノは腰にぶら下げた懐中時計を握って時間停止を唱えた。
「解禁遅い!」
ファヴによって断ち切られたゴブリンの腕は、切られたことに気づいてもいないようだった。
ファヴが地上に降り立ってからやっと、ぽろりと零れ落ちる。ネネユノの身体はファヴの腕にすっぽりと収まり、さらに一瞬遅れてからゴブリンの絶叫がこだましたのであった。
活動報告で2月中に連載再開したいなーなんて言っちゃったので滑り込みました。
ちょっとストックに余裕がないので週3更新くらいのペースでやっていく予定です。
ネネユノの新たな旅を、一緒に見守ってくださいませ!




