42.大切なものをひとつ見つけたみたい
ファヴはチラっとネネユノを見てから、再び空に視線を移した。
微笑んだまま何も言わないファヴを、ネネユノもぼんやり眺めている。この心地いい時間のまま止められたらいいのに。
「クローやシャロンが言うには、俺はユノに対して過保護すぎるらしい」
「もしかして、いつもの荷物扱いのこと言ってる?」
「いや。……ユノの質問には一言で説明できるな。俺の名前は『ファヴ・ファレス』だ」
「何言っ――」
知ってるけど? と眉根を寄せたネネユノだったが、しかし同時に懐かしい母の言葉を思い出した。陽だまりの中、母から時魔法について教えてもらっていたときのこと。
『ユノはどうして本当のお名前を隠さないといけないの?』
『昔、パパとママが暮らしていた町ではね、名前をつけるのにルールがあったの。韻を踏むってわかるかな? 名前の頭と、苗字の頭を同じ音にするって決まりがあってね』
『ネネが同じってこと?』
『そう。ママのお名前もネネリノでしょう? パパは結婚したから違うけど。だからね、本当のお名前を言うと、どこどこ町の誰々さんだってわかっちゃうの』
当時ネネユノと母は、街から少し離れた川のほとりで魔法の練習をすることが多かった。見晴らしのいい草原で、遠くで豆粒くらいの犬が同じく豆粒の羊の群れを追いかけ回していて。
そんな風に人と距離をとって練習するくらいなのだから、時魔法が秘密の魔法だということは幼心によく理解していた。出身を隠したいのも、きっとそのせいなのだろう……と、それ以上深くは聞かなかったのを覚えている。
ガバッと身体を起こしたネネユノに、ファヴはニヤリと笑った。
「ファヴ・ファレスなんて、わかりづらい!」
「だろう? だから本名で活動できる。父はファビアンだし、祖母はファンニ。ネネカバナ家は故郷では有名な……簡単に言うと町長だった。だからよく知ってる。君の本名に思い至らなかったことが不思議なくらいにな」
ファヴには故郷での記憶がある。つまり、彼は時魔導士について詳しい人間ということ。ネネユノの魔法が治癒魔法でないと気付いたことにも納得である。
「もっと早く言ってくれればいいのに」
「それは――」
「クルルルップー」
ファヴが何か言いかけたところに、クリスティンがバサバサとやかましく翼をはばたかせながらやって来た。
座るファヴの脚の間に入って、もう一度「クルゥ」と可愛らしく鳴く。ネネユノに対する鳴き声とは全然違う。なんだこの鳩は。
ファヴはクリスティンの脚に巻き付いた手紙をほどき、さっと目を通した。
「フリーランド領の新興ダンジョンに、月侯騎士団のメンバーが向かったのを覚えているか」
「うん。そんな話をしてたのはなんとなく」
「攻略ならずだ。退却したらしい」
「は? 月侯騎士団が? SとかAとかがざらにいる月侯騎士団が?」
「魔族がいたそうだ。無理を通さず、一時退却ということらしいが……」
魔族と言われてパっと思い出すのは、フリーランド伯爵の手の甲に浮かんだ紋章だ。確かファヴはバルバーソの紋だと言っていただろうか。
ずっとおとぎ話だと思っていた魔族が、最近ネネユノの周囲でその存在感を増している。そう思ったらなんだかゾワゾワした。
ファヴが指先でクリスティンの頭を撫でるのに合わせて、クリスティンは満足げに喉を鳴らしている。
ネネユノも撫でてみるかと指を近づけると、クリスティンは嘴で突いてどこかへ飛んでいった。やっぱり絶対いつか丸焼きにしてやる。
「ユノは両親を捜したいと言っていたな」
「ん」
「俺は故郷を探している。恐らく、目的地は同じになるはずだ。協力してくれないか」
「断る理由はないよ。両親が見つからなくても、パパとママの故郷は見てみたいし」
不意に立ち上がったファヴがネネユノへ手を差し出した。どうやら立てと言っているらしい。
ネネユノがその手につかまって立ち上がると、彼は手を握ったまま力強く頷いた。
「俺たちの故郷クロノザイトという町は、時魔導士とそれを守る戦士で構成されている。基本的に、ふたり一組となって活動するんだ」
「つまり?」
「俺たちは今から故郷を探す相棒ってことだな」
一瞬、ネネユノは頭が真っ白になった気がして目を瞬かせた。
きっと祖父ネネウラにとってアストロラーベのおじさんがそうであったように、母にとっての父もそうであるように、時魔導士と戦士は命を預け合う間柄なのだ。
それって、家族と同じくらい重要で大切な関係なんじゃないだろうか。
「もう、ひとりじゃないってこと?」
「そうだ」
「ンヘヘヘヘ……」
もうひとりじゃないし、嘘をつかなくていい。ネネユノは嬉しくなってファヴの手を強く握り返した。
と、そのとき。背後から聞き慣れた声がした。
「おー? なんだなんだ? 星空の下で男女ふたり、何もないはずがなく……みたいの期待したのに、何もねぇのかよ!」
「当たり前じゃないの、クロー。だってファヴとユノちゃんよ?」
「それもそうだな」
ふたりの手にはたくさんの食べ物と酒がある。
どうやらクローがシャロンのために食事を運んできたらしい。それで、せっかくだから屋上で酒盛りをしようとなったそうだ。ゴブレットが4つあるのは、もしかしたらファヴとネネユノも誘うつもりだったのかもしれない。
ファヴが以前と同じように、ワインのコルクを器用にシュポンと抜くのをクローが拍手で称えた。
「やっぱ一家にひとりは必要だよな、ファヴって」
「そう? お喋りなほうではないくせに、いるだけでうるさい感じしない?」
「残念だが俺はひとりしかいない」
「わかってんだよ。そういうことはわかって言ってんの! ……で、次の任務は?」
全員の視線がファヴに向いた。
もちろんネネユノの手はせっせと食べ物を口に運んでいるわけだが。やはりみんなで一緒に食べるほうが美味しい。
「フリーランドの新興ダンジョンに向かう」
「えぇっ? 他の奴らが行ったんじゃなかったっけ?」
「魔族に邪魔をされて撤退した。厳しい戦いになることが予想されるため、今回は覚悟のある者だけで編成を考えようと思うのだが――」
言い淀んだファヴに、クローとシャロンが顔を見合わせる。
「俺らに覚悟がないとでも?」
「アタシたちを甘く見ないでいただけて?」
ふたりの言葉にファヴがホッと息をついた。
次いで、クローとシャロンは慌てた様子でネネユノを見る。
「ユノちゃんは別に、ほら、まだ入団したばっかりだし」
「そうよ、若いんだから王都で待ってても――」
「ユノは連れて行く」
一瞬の沈黙。
直後、クローとシャロンの怒号が響いた。
「おま、なんでユノちゃんだけ意志確認しねぇんだよ、アホかバカか鬼か!」
「こういうのパワハラって言うのよ、アタシ知ってるんだから。てか好きな子をそばに置いておきたい気持ちはわかるけど、死地に連れて行くのはさすがにおかしいと思うわ!」
「だが、本音は?」
再び沈黙。
「いてくれると助かる」
「心の癒しよ」
「ンヘヘヘヘェ……」
ファヴとは相棒を誓ったところだ。元より行かないという選択肢がないことは理解していた。
だが、求められるのはやはり嬉しいものである。ネネユノの頬がすっかり緩んだところで、4人は任務成功を祈って乾杯をする。
両親に置いて行かれて。パーティーを追放されて。
ひとりぼっちだったネネユノは今、強い仲間を得て、温かい居場所を見つけた。
ああ、なんて楽しいのだろう。この3人と一緒ならどんな任務も、魔族だって怖くない。そんな気がするのだ。
第一部、完、です。
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ただいまちょこっと立て込んでおり、
第二部以降の連載については少々お待ちいただけますと幸いです。
完結させることを信条としてますので、必ず戻ってきます。
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ではでは。ネネユノの次の冒険で、あるいは他の作品で、
またお会いしましょうー!
 




