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4.試験合格!


 カバンから懐中時計を取り出して長針を少しだけ戻す。


 やんやと盛り上がる人だかりの向こう側では剣士と武闘家が向き合っていた。冒険者の武闘家と言えばほぼ例外なく、鉤爪のついた手甲を武器として愛用している。

 故にふたりは鋭い金属を互いに向けていた。


「マリアは俺がデートするんだ」

「お前みたいなへちょむくれと誰がデートすんだよ、鏡見ろよ」

「はぁ? 昼寝中の豚みたいに情けない顔してるくせに何言ってやがる」


 看板娘のマリアは先ほどから「どっちもデートしません」と訴えているが、聞こえていないらしい。

 野次馬たちはどちらが勝つかの賭けをし始めた。せっかくなのでネネユノも賭けに乗ることにする。


「私は豚のほうに賭けるね!」

「誰だ豚っつった奴!」


 武闘家がネネユノのほうに視線を向けたその瞬間、剣士の剣が振り下ろされた。

 とはいえ素早さでは武闘家が勝つ。左手の手甲でそれを受け流し、相手の懐に入り込んで右手を顔面へ――。


 それは完全に剣士の頬から顎にかけての肉をこそぎ取った……かに見えた。しかし剣士の頬にはかすり傷ひとつついていなかったのである。


「いってぇー! ……や、痛くねぇな。は、全然なんも当たってねぇじゃねぇか」

「いいや、手ごたえあったぜ!」

「でもなんともなってねぇだろ」

「じゃあもっぺんやってやんよ! い、いや待てよ。ほらここ血ついてるだろ」

「は? 俺じゃねぇし。別の奴じゃねぇか?」


 ふたりは怪我人を捜すことを優先し、喧嘩はお開きになったらしい。

 賭けまで無効になったのは残念だが、やるべきことはやった。

 ネネユノがこれ以上ないほどの得意顔で振り返ると、ファヴは難しい顔でネネユノを見つめていた。


「今、何をした?」

「回復魔法……ですかね?」

「通常の治癒魔法のような回復過程を経ず、負傷と治癒がほぼ同時だった。まるで、何もなかったかのように」


 誰も気付いていない中、ファヴだけは今起きた事象について視認していたようだ。

 さすがエリートである。気付いてもらえたことに、ネネユノもちょっぴり嬉しくなって鼻を膨らませた。


「ね、すごいでしょう」


 しかしエリートな騎士団長は目撃した事象について、理解が追い付いていないらしい。

 再現しろとばかりに、先ほどネネユノから叩き落したナイフを拾い上げて自身の腕を傷つけようとするのを、ネネユノは必死で止める羽目になった。


「いや、本当にあれはどうやったんだ? 凄いな、感心した」

「今回の依頼、雇ってもらえますか!」

「ああ。あの精度と速さで治してもらえるなら断る理由はない。しかしどうやって……」

「やったー! 大勝利!」


 ファヴは何事か考え込んでいる様子である。

 ネネユノは壊れた懐中時計をそっと撫で、ポケットに入れた。


「出発はいつですか?」

「うん。早速だが明朝出発しよう」


 そういうことになった。

 ではまた明日と言って別れ、ネネユノはギルドの喫茶スペースの隅の席へ向かう。今夜の彼女は宿無しであり、ここで夜明かしする以外に選択肢がないのだ。

 他の宿無し冒険者たちが置いていった埃っぽい毛布もあるし、雨や風がないだけ野宿より百倍マシと言える。


 寝るにはまだ早いが、さりとて他にやることも金もない。毛布にくるまって目を閉じると、一気に疲れが押し寄せた。疲れというよりは未来への不安というほうが近いかもしれない。


「……早くお金貯めて捜しに行きたいのに」


 呟いた瞬間、毛布が剥ぎ取られた。


「帰らないのか?」

「うわ、ファヴさんだ。え、だって宿無しなので」

「なら俺の宿に来るといい。部屋は余っていたはずだ」

「お金ないんだってば」

「君は期間限定とはいえ我が隊に加入した。寝床を用意するのは俺の責任だ」


 と、なかば拉致のように連れて行かれたのであった。


 ◇◇◇


 翌朝。ネネユノは月侯騎士団の他のメンバーと合流し、イコニラ雨林を目指して南下することとなった。


「彼女はユノ・カバナ。ランクCヒーラーだ」

「か弱そうなお嬢さんだな……。は? Cランクってお前、ほんとにか弱いじゃねぇか」

「元いた場所に返していらっしゃい」


 ネネユノを見た騎士団メンバーの第一声がこれだ。

 くるぶしまである長いローブを翻し、まじまじとネネユノを観察するのは魔術師のクロー・グリーンベル。妖しく揺らめくオレンジ色の瞳がネネユノの身体を上下に往復する。

 一方、シャツのボタンを深く開けた軽装の色っぽい女性は腕を組んで溜め息をついた。斧使いのシャロン・ピエドラである。


「オレたちよりお嬢ちゃんが真っ先に死ぬぞ」

「そもそもイコニラまで辿りつかないんじゃない? アタシたちはこんな任務さっさと終わらせて、すぐ王都に戻らないといけないのよ?」

「そうだぞ、オレたちは王子殿下の――」

「クロー、シャロン。ユノを守ってやってくれ」


 ファヴはメンバーの反対を一言で押し切った。

 クローとシャロンもそれ以上は何も言わず、早速出発することとなる。

 これが正規の騎士団の上下関係というやつかとネネユノは戦慄したが、どうにか表情には出さずに済んだ。


「で、なんでCランクの子にしたんだ? 確かに可愛いし連れて行きたい気持ちはわかるけどさぁー」

「魔物の討伐に容姿が関係あるのか?」

「アタシ今朝から頬にニキビができちゃってぇ~」


 出発してからどれくらいの時間がたっただろうか。乗合馬車の終点を過ぎ、寂れた町を出て、道らしい道もなくなってきた頃。


 王様直属のエリート集団を前に、借りてきた猫のように小さくなっているネネユノは、彼らの会話を聞くともなしに聞いていた。あまり会話になっていないような気がするが、エリートたちはこれでちゃんとコミュニケーションがとれているのだろう。さすがエリートである。


「ね、聞いてる? 治してほしいなぁ~って」


 シャロンはネネユノより手のひらひとつ分大きい。ひょいと腰を屈めて左の頬を差し出した。

 確かにきめの細かい肌にポツンと赤い吹き出物がある。


「あっ、はい! 聞いてます。けっ、今朝できたんですよね。えっと、ちょっと時間をもらえたら」


 ネネユノの返答にシャロンとクローが顔を見合わせ、次の瞬間にはファヴを連れて背の高い草むらに隠れてしまった。何か秘密の会議でもするのだろう。

 まさかこのまま置いていかれる、ということはないはずだ。多分、きっと。




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次は12時30分に!

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