39.前伯爵の計画だったってこと
メイナードが目覚めた翌日。
ネネユノは月侯騎士団の宿舎の裏手にある練兵場で、萎れた花とにらめっこしていた。
「ねぇクロー、そろそろお昼ご飯じゃないかなぁ?」
「ランチにはまだ早ぇだろ。よーし、指輪外した状態で綺麗な花に戻してみようなー、ってほら戻しすぎ! また葉っぱだけになった!」
「葉っぱじゃないよ、ツボミだよ」
「ツボミだよ、じゃねぇのよ。可愛いお花にしようなって言ってんの」
ずっと魔力制御の指輪を身に着けていたため、制御がない状態での魔術のコントロールがザルだと、クローから指摘されたのである。
ファヴは事故防止のために指輪は基本的につけておけとネネユノに命じたが、それはそれ。
指輪のない状態でもしっかりコントロールできなければ、いざという時にパーティーメンバーを赤ん坊に戻しかねないのだ。
クローはまた別の萎れた花を台の上に置き、「もう1回」とばかりに顎でそれを指し示した。
「ふぇぇ」
「素の状態でコントロールできるようになんないと、魔力増幅の腕輪は持たせられないなぁー」
「意地悪意地悪! お腹すいた!」
ダンダンとネネユノが地団駄を踏んだとき、どこかでドンと爆発するような音が聞こえた。
チラっとネネユノのほうを見たクローに、よくわからないまま「違う」と訴える。
「いや、さすがにわかるわ。あんな遠くの音までユノちゃんのせいにするかよ」
「疑いの眼差しだった」
「目つき悪いのは生まれつき! しかし、なんの音だろうな……。いや、あれは信号弾か」
クローの見上げた先では白い煙が細くたなびいていた。
ネネユノはキョロキョロしながら方角を確認する。
「あの、あれって貴族街? のほうでしょ? クローの家もあるんじゃないの」
「いやぁ、ウチはもう少し手前だから――」
「フリーランド伯爵の屋敷だ」
クローではない、背後からの返答に驚いて、ネネユノは「びゃっ」と小さく飛び跳ねた。
振り返るとそこには、太鼓腹をゆっさと揺らしながらやって来るグレゴリーの姿が。
「フリーランド伯爵?」
「初登場な名前だ」
「そうだなー。でもユノちゃんは知ってるはずだよ。ハギス食べただろ」
ハギスという単語を聞くだけで口の奥が苦いような気になってくる。ネネユノに大人の味はまだ早いのだ。
「新しくダンジョンができたとこだ!」
「そ。あの辺がフリーランド伯爵領なんだよ」
「はぇー」
「で、だ。グラちゃん、それが一体なんなの」
クローが萎れた花々を片付けながら問う。
「グレだって言ってるだろ。まぁいいや。犯人なんだよ、フリーランド伯爵が」
「なんの」
「メイナード殿下が魔族に襲われた事件の」
「……は?」
「メイナード殿下ご快癒の報を知ったら犯人はどうすると思う?」
グレゴリーは練兵場の木剣を手にとり、シュッシュッと何度か素振りをした。お腹は大きくてもやはり近衛と言うべきか、その剣捌きに隙はない。
「まぁ普通は逃げる……か?」
「そう。そして今は社交期真っ盛りで、ほぼ全ての貴族が王都にいる。だから慌てて逃げようとする奴を捕まえるのは簡単だ」
「王子様もフリーランド伯爵が犯人だって言ったの?」
「いいや?」
「ん?」
「あの事件、門番以外の死者を出していないのに目撃者はいない。つまり殿下が目撃している可能性は限りなくゼロに近い。だが陛下とグリーンベル前伯爵は、『メイナード殿下が犯人を目撃した』と言い続けたんだ」
ネネユノにはグレゴリーの言っていることがよく理解できていない。が、クローは放心したように口をポカンと開けて座り込んでしまった。
心ここにあらずというのはこういう状態を言うのかなぁ、と思いながらネネユノは靴の先でクローの臀部を突いてみた。反応なし。
一方、グレゴリーは得意げに、身振り手振りをつけて話を続ける。
「恐らく魔族を導いた犯人は当時、突然の魔族の襲撃にもかかわらず門番を除く全員が生存したことに驚いたはずだ。しかし目撃証言はなく、一安心……と思ったらメイナード殿下が見ていたという。そんなまさか。いやもしかしたら。疑心暗鬼のまま時は過ぎ……」
「お前もしかして役者志望だった?」
「俺はお前の親父さんを尊敬していた。彼に憧れて近衛に入隊したんだ。俺だってな、この手で絶対に真犯人を捕まえるって誓ってた」
「そういやお前、ガキの頃は親父のケツばっか追いかけてたよな」
「言い方」
なおも首を傾げるネネユノに、ふたりは十数年越しの計画だったんだよと言う。
「じゃあグラちゃんがクローのお父さんを侮辱してたのは演技だったんだ?」
「疑心暗鬼も行き過ぎは良くない。逃げたほうがマシだと判断されるからな。前伯爵犯人説と拮抗するくらいがちょうどいい。……あとグラじゃなくてグレな」
「よーし、今日は飲むぞグラ!」
「グレ! ってか今夜はパーティーだろ!」
憧れの人を悪く言い続けるのも楽ではないはずだ。憎まれ役を買って出たグレゴリーの精神力の強さに心の中で拍手を送り、ネネユノは空にたなびく白い煙を見つめた。
と、途端に空腹が気になり始める。キュルルルルと腹も大きな声で主張しているし、今すぐ食堂に行かなくては死んでしまう。
そうと決まれば早速と、ネネユノが肩を組んで歌をうたうふたりに背を向けたとき、さらに別の人物が練兵場へと走って来た。
「ユノちゃんここにいたのねっ?」
「シャロンだ。どうしたの、一緒にご飯食べる?」
「ダンスの練習と社交マナーのお勉強よ! 今夜はパーティーなんだから!」
「えぇ……いやご飯食べないと」
「駄目です!」
一足飛びに目の前までやって来たシャロンが、まるでファヴのようにネネユノを抱え上げる。このまま宿舎の一角にある多目的室まで連れて行くのであろう。
ネネユノは必死に暴れるが、シャロンの細い腕はまるでびくともしない。ファヴのほうがまだダメージを与えられる気がする。細いのに!
「肉体強化までするなんて卑怯だー!」
「貴族どもに『月侯騎士団はガサツで品がない』なんて言われるんだもの。最低限のことは覚えてもらわないと!」
「クロー! クロー助けてぇー!」
「おー。イイ女にしてもらえよー」
「おにくたべたいいいいい!」
太陽が頭の真上までのぼった頃、練兵場には腹をすかせたネネユノの泣き声が響き渡ったのであった。
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