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38.サファイアはずっと澄んでた


 王都への帰還から2日たって、一行は第一王子メイナードの部屋に呼ばれた。持ち帰ったアーティファクトを用いて解呪するのだという。

 2日後となったのは、アーティファクトに刻まれた術式の精査が行われたからである。


「君らの持ち帰った鏡、あれは9割本物であろうとのことだったよ」

「9割ですか」

「ま、確認するのも人間だからねぇ。術式に間違いはなさそうだった。金属は伝説級の希少鉱物であるため、そうと同定するのは極めて難しいが……とかなんとか、ね」


 ネネユノは城の最奥、王族の私的空間の中でもさらに奥の細い廊下を、国王ゴドフリーとファヴが話すのを聞きながらボンヤリ歩く。クローとシャロンはネネユノの後ろを歩いているため、表情は見えない。


 この2日間は疲れをとるのにほとんど眠っていた。

 クローはグリーンベル伯爵家へ戻って家族と過ごしていたらしい。

 ファヴもシャロンも思い思いに過ごしていたと言うが、時折ネネユノの部屋に様子を見に来てくれたのを思い出して、スキップした。心がほわっとするとスキップしたくなるのだ。

 が、すぐにファヴに抱えられた。もしかしたら城内でスキップをしてはいけないのかもしれない。


「お待ちしておりました」


 メイナードの部屋の前でネネユノたちを迎えたのは、近衛兵だ。

 ネネユノはあの太鼓腹に見覚えがあるなと少し考えて、それがグレゴリー・ブルーベルであることを思い出した。クローに喧嘩を売った大食家のグラちゃんだ。


 国王の前だからか、クローもグレゴリーも今日はおとなしい。

 ファヴの腕から降ろされると同時に部屋の扉が開く。さらに格子の扉を抜けて室内へ。以前と同様、メイナードの眠るベッドを囲んでいた聖職者たちが場所をあけた。

 国王ゴドフリーがメイナードを愛おしそうに見つめる。


「メイナ――」

「わたくしも同席させてくださいませ」


 凛とした声に振り向けば、そこには見るからに高貴そうな女性が、乱れた呼吸に胸を押さえながら立っていた。

 顔色は決して良いとは言えず、長期に渡る寝不足を象徴するように目の下にはひどいクマができている。


「王妃殿下だ」


 ファヴがネネユノの耳元でそう囁いた。なるほど、メイナードの母親かと納得する。


 改めて関係者全員がメイナードを囲み、王国魔術師団の筆頭魔術師がアーティファクトを取り出した。

 当たり前のことながらメイナードは相変わらず、青白い肌に赤紫色の血管が浮き出る、魔物に限りなく近い姿だ。それを従者が複数で抱え、上半身を起こす。

 目覚めていたのか薄らと瞼が持ち上がり、サファイアのような澄んだ青い目が見えた。


「……やってくれ」


 ゴドフリーの言葉を合図に、筆頭魔術師の指示で従者がアーティファクトをメイナードの手に握らせる。

 もちろんメイナード本人が鏡を持つことはできず、彼の手に従者が上から手を重ねて無理やり持たせているという塩梅ではあるが。


 その後、筆頭魔術師が古い文献を手に呪文を読み上げると……なんとメイナードの全身から黒いモヤが浮かび上がり、鏡にぐんぐん吸い込まれていくではないか。

 呼応するようにメイナードの肌は赤みを帯び、血管は美しい青色となって肌の下に隠れてしまった。気が付けば爪もすっかり人間らしいものとなっている。


「メイナード……?」


 王妃が名を呼んだ。

 ゆっくりとメイナードの頭が上がり、その青い瞳が王妃とゴドフリーを視界に入れる。


「ち……父上、母上」

「ああ! メイナード、わたくしがわかりますか」

「はい、母上。ご心配をおかけいたしました」


 十数年ぶりの発語である。その声はすっかり掠れ、何度か咳も挟んだが、たどたどしくも落ち着いた口調であった。

 ゴドフリーが目に涙を溜めながら愛しい息子の手を握る。


「よかった、本当によかった」

「おふたりのお声はいつも聞こえていました。母上は毎晩語り掛けてくださったし、父上は……ふふ、仕事の愚痴をたくさん聞かせてくださった」

「まぁ!」

「考える時間はたくさんありました。本当にたくさん。私は長いこと動けませんでしたが、しかし意識は手放さなかった」


 メイナードは今24歳。呪いによって床に臥せったのが12年前の12歳のとき。

 確かにメイナードの口調は12の子どものそれではない。両親の話をいつも聞いていたというのは、嘘ではないのだろう。

 ファヴとグレゴリーはメイナードの覚醒を確認するや否や、窓を開けた。


「クリスティン!」

「コリー!」


 呼ばれてやって来たのは2羽の鳩。ふたりはあらかじめ用意していたらしい紙を各々の鳩の足に結びつけ、行けとばかりに空に放つ。

 王子が回復したことを誰かに報せるのだろう。

 ネネユノは歓喜に沸く室内をぼんやり眺めながら、両親のことを考えていた。親子の再会を羨ましいと思ってしまうのだ。


「ユノ」


 突然名を呼ばれ、ネネユノは目を白黒させた。

 キョロキョロと室内を見回して、声の主を探す。

 

「ユノ」

「ひゃひゃひゃひゃいぃっ!」


 ネネユノに呼び掛けていたのはメイナードであった。サファイアの瞳を真っすぐネネユノに向け、柔らかく微笑んでいる。

 魔物めいた姿のときから顔立ちは整っていると思っていたが、いざヒトの姿となってみると後光がさしているかのごとく美しい。日焼けを知らない透明感のある肌が余計に、その美しさを際立たせていた。


「私のために尽力してくれたと報告を受けているよ。ありがとう」

「い、いえ! 命令だったし、でしたし」


 答えた瞬間、ファヴがネネユノの腰を突いた。何か間違ったらしい。


「命令は余計だ、ユノ。殿下、失礼しました」

「いいんだ。命令には違いない。……その声はファヴだね。君も、父を支えてくれてありがとう」

「当然のことです」

「後ろはクローとシャロンだね。君たちもありがとう。……いや、クロー・グリーンベル。まずは君のお父君の名誉を回復しないといけないな」


 その言葉に、クローは膝をついて泣き出してしまった。




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