37.だからそういうとこ!
本日ふたつめの更新です
ネネユノとファヴ、それにシャロンはまるで時が止まったかのように沈黙していた。その横でクローは腕輪の内側に刻まれた古代語を解読しようと、しゃがみ込んでブツブツ言っている。
先ほどまで杖で突き散らかしていたガーゴイルの遺体を、ネネユノは綺麗な仰向けに寝かせた。頭もあるべき位置に置いてやると、なんとなく笑っているような気がする。
「ファ、ファヴはなんでおじいちゃんのこと知ってるの」
「俺は……ネネウラを捜していた」
「なんで? 強い時魔導士が必要だった?」
「逃げたと思ったからだ。アーティファクトを探しに行くと言ったまま戻らないから。自分の責任から逃げ出したんだと……今の今まで思い違いをしていた」
「嫌だわ。最初から説明してくれなきゃ……。ねぇユノちゃん?」
シャロンは心配性だ、とネネユノは思う。
ネネウラの名は知っていても、会ったことはなく顔も声も知らない。猿とトカゲを足したようなこの魔物を祖父と思えと言われても無理だ。だから何も悲しくなどない、と思う。
ファヴが何か言いかけたところで、突然クローが叫び出した。
「オワー! マジかよ!」
「どうした」
「ユノちゃんがずっとつけてた指輪、これ『魔力抑制』のアイテムだわ。だからあんなに雑魚い魔力しか出てなかったのか!」
「雑魚い……」
言葉が悪い。今まで親切に色々教えてくれていたのに、本音では「雑っ魚!」と思っていたのかと憤慨してしまう。ネネユノがジトっと睨みつける先で、シャロンがクローの肩を小突いた。
「デリカシーないのやめなさいっていっつも!」
「悪ぃ。んでさ、こっちの腕輪がなんと『魔力増幅』の超レアアイテムなわけ。魔物になっちゃってっから一概には言えないけどさ、魔力増幅されてる爺さんの魔術に、素のユノちゃんが打ち勝ったってことだろ」
「え……」
「爺さん、嬉しかったかもな」
ネネユノはスンと鼻を鳴らして俯いた。
目頭が熱いし鼻水が出る。祖父のことなど何も知らないし、悲しくなんかないはずなのに。消化しきれない感情を胸の奥に押し込めて、ネネユノはクシャッと笑って顔を上げる。
「ほら! アーティファクトあるか確認しないと!」
「おっ、そうだそうだ! アーティファクト回収してさっさと帰ろうぜー」
「入り口の結界を解除するのはクローの仕事だって、忘れてないでしょうね」
「それは後で考えようなー!」
クローが小走りで箱のほうへ向かうのを、ネネユノが下手くそなスキップで追いかける。背後からファヴが「それだそれ」と言っているが、なんのことだかよくわからない。
「それってなぁに――」
「うわっ!」
ネネユノが立ち止まってファヴを振り返ろうとしたとき、クローの驚きに満ちた声が響いた。彼はすでに古い宝箱のもとに到達しているが、なぜかピタリと動きを止めている。
「ユノちゃん助けてぇ……こんなとこにも罠があったんだけどぉ~」
「えげつな……。しょーがないにゃー。“戻れ”」
クローは両手首に呪いの印がないことを確認すると、全員がそばへ来るのを待ってから箱に手を伸ばした。
鍵はかかっていない、というよりも、鍵の部分だけが腐食して外れていたのである。あるべき金属部品だけがないことに気付いて、ファヴが深く息を吐いた。
「なるほど。ネネウラは……間に合わなかったのかもしれないな」
「間に合わない?」
ネネユノの問いに、ファヴは腰に下げたアストロラーベを撫でて頷く。
「12年前、ネネウラは複数人でこの死生みの谷を目指した。このアストロラーベの持ち主である剣士も一緒に。彼らはこのダンジョンでヒーラーがほとんど役に立たないことを知っていた。だからネネウラが向かったんだ」
ファヴは22歳だと以前言っていた。
まるで見てきたように語るが、実際はそうではない。彼の言う通りネネウラを探してその足跡を調べていたのだろう。
「剣士はボス部屋の前で魔物になっていた。何があったかはわからないが、ネネウラたちをボス部屋へ無事に向かわせるための盾になったんじゃないかと思う。そうせざるを得なかった理由は恐らく、ネネウラの魔力が残り少なかった……とか」
ネネユノにも、その状況は容易に想像できた。
この部屋の前は罠も魔物も驚くほど多い。戦闘のためのリソースが少ないなら、誰かが犠牲になって仲間を先へ進ませるという、苦渋の決断を迫られることも……絆で結ばれたパーティーならままあることだ。
アカロンパーティーでは絶対にありえないことだけれども。
「推測だが、ネネウラたちは全員罠を踏んでいたんじゃないか。だがネネウラの魔力はラスボス戦のために温存された。なぜなら――呪いはアーティファクトで解呪できるから」
「アーティファクトを手に入れさえすれば、時魔法で解呪する必要はないってことか。だから先に鍵を開けた?」
「しかし箱の前の罠を踏んで、ネネウラの呪いは一気に進行したということだ。……すべて憶測だがな」
ネネユノにはその焦りがなんとなくわかる。
あっという間に魔物へ転じようとするファヴの姿に、どれだけ焦ったことか。この箱の鍵を開けようとしたネネウラは、自分の手が魔物のそれに変化するのを見て、祈るような気持ちだったに違いない。
「おじいちゃん……」
あと一歩、進行が遅ければ。アーティファクトを拾い上げるのがもう少し早ければ。何かが違ったのだろうか。
ふと見上げたファヴの顔は、ネネユノよりもずっと苦しそうに見えた。
「ほんじゃ、ネネウラ老の無念を晴らすとすっか!」
沈んだ空気を吹き飛ばすような明るい声でクローが箱を開けると、そこには油紙に包まれた鏡が入っていた。
円形のその鏡は裏面に魔法陣が刻まれているが、みっちり記された術式は見るだけで眠気を催す。触れれば指先に痺れるような感触があり、鏡そのものが莫大な魔力を内包していることがわかった。
ファヴも満足げに頷く。
「ん、間違いなさそうだ」
「よし、帰るか。ってか結界をどうにかしねぇとか」
「いや、スクロールで帰ろう」
「……は?」
ファヴがカバンから取り出したのは、緊急避難のスクロールである。
ファヴ以外の3人が顔を見合わせ、そしてスクロールを見つめる。
「なんで持ってんだ?」
「陛下が持っていけと。言わなかったか?」
「陛下が持っていけって言ったとは聞いたけどな!」
何を騒いでいるのかわからんとばかりに、ファヴは首を傾げながらスクロールを破いたのであった。
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