34.なんでそんなことできるの
クローは素晴らしい反射速度で大きく後ろに飛んだが、ガーゴイルの鋭利な爪を避けきることはできなかったらしい。鼻から顎にかけて大きな傷を負ってしまった。
「ぐぁっ」
「ユノ、クローを治癒! シャロン、敵意をクローから剥がせ!」
コウモリのような飛膜の翼をはためかせ、わずかに上昇したガーゴイルが再びクローを狙って急降下する。そこにシャロンの斧が一閃、ガーゴイルを壁のほうへと吹き飛ばした。
ネネユノの時魔法で怪我の治ったクローは、杖を支えに立って舌打ちする。
「くっそ……。あとちょっとだってのに、石は相性悪ぃんだよな」
石像、つまり石でできた身体は魔法が効きづらい。火も風も水も、石の前には無力なのだ。ファヴも苦笑しつつ肩を回す。
「剣もだ」
「脳筋の戦鎚バカでもいりゃあ、ちっとは楽なんだがなぁ」
「戦鎚バカはフリーランドの新興ダンジョンに行かせているな」
ガーゴイルは起き上がったものの、値踏みをするように4人をじっとり見つめるばかりで動かない。
地下水がどこかから漏出しているのであろう、ピチョンピチョンと水の滴る音が響く。
「ほんじゃ、石には石で対抗だ」
「ユノ、少し下がって」
ネネユノがファヴに言われた通り数歩だけ後ろへ下がると、彼女の目の前で大きな岩がいくつも浮かび上がった。
彼女の身の丈と同じくらい大きな物から、腕で抱えられそうなものまでサイズは様々だが、どれも「石」などという可愛らしいものではない。
「“砕けろ”」
「シャロン、畳み掛けるぞ!」
クローが杖を振るのに合わせて大岩群がガーゴイル目掛けて飛んでいく。ファヴもまた、追い打ちをかけるためガーゴイルのほうへと走った。
石像の身体の強度がいかほどのものかはわからないが、それでもただではすまないだろうと思われた。……のだが。
なんと、大岩群はガーゴイルを目前にしてピタリと動きを止めてしまったのである。
「……は?」
異様な光景にファヴとシャロンも足を止める。
ガーゴイルはボール遊びでもするかのように、目の前に並ぶ大岩の向きをひとつひとつ変えていった。その様子にネネユノの記憶が刺激される。
「これ、どこかで……。あぁっ! クロー、逃げて!」
「クロー! ユノ!」
ファヴも慌てた様子でふたりの名を呼んだ。
ネネユノやファヴが思い出したのは新興ダンジョンでの一幕だ。弓使いのゴブリンと対峙した際、ネネユノは放たれた矢の時を止め、向きを変えてやり返した。
それと同じことをこのガーゴイルがやろうとしているのだ。
果たして、大岩はクローやネネユノへと向きを変えて動き出した。手作業で向きを変えているせいか、岩の飛ぶ方向にはわずかにランダム性がある。
いくつかは明後日のほうへ飛んでいったが、それでも多くはネネユノを狙った……ように見える。
「無理無理むりむり! 無理だけどっ!」
ネネユノは頭を抱えて叫ぶ。さすがに心の準備ができていないし、こんなにも多くの岩をすべて止める技量がネネユノにはない。
目前に迫る大岩群に為す術ないまま、半分くらい死を覚悟したところでネネユノの身体は強い力で突き飛ばされた。それは温かい手の感触だ。
「ファ……クローっ?」
「アーティ……ファク……頼、む」
ピンチのときにネネユノを救うのはいつだってファヴであった。だから今回もそうであろうと思ったのに。
クローはネネユノをかばって岩の下敷きとなった。その岩の隙間から赤い血が滲む。
「くそっ! シャロン、岩をどかせ。ユノ、クローを死なせるな!」
ファヴはシャロンに代わってガーゴイルの前へ出る。肉体強化のできるシャロンのほうが岩山を崩すのに適任だと判断したのであろう。
ネネユノは慌ててクローの身体の時を止めた。岩に潰された状態では戻しようがないからだ。治すのは岩が全て取り除かれてから……。とはいえ、ネネユノの技術では十数秒しか時を止められない。魔術の効果が切れるごとに再びかけ直さなくてはならなかった。
即死だったらどうしよう。いやそれ以上に、時間停止の掛け直しの瞬間に死んでしまったら? 死を迎えた生物はどれだけ完璧に時を戻したって生き返りはしない。
せめて掛け直しが必要ないくらいずっと時間を止められれば。
ネネユノは必死に魔力を振り絞るが、いつものように狭い出口からチョロチョロとしか出てこない。
「なん……でェ? さっきはあんなに魔力出せたのに!」
「ユノちゃん落ち着いて!」
混乱するネネユノに、シャロンが歪な笑顔で声を掛ける。
「シャロン……」
「こんな岩、すぐにどかしちゃ――」
「シャロン?」
今の今まで、せっせと岩を崩しては放り投げていたシャロンが動かなくなった。声を掛けても反応がない。
いや、時が止まっている。
困ったように眉を下げ目を開けたままだ。口も喋っている途中の形のまま、手に持った岩を放りもせずに。
「ファヴ! シャロンが動かなくなった!」
「時魔法だ、戻せ!」
ファヴはガーゴイルを蹴り飛ばし、隙をついてネネユノのほうへやって来た。
シャロンから引き継ぐように岩をどかし始めるが、ガーゴイルの攻撃をいなしながらの作業となり、なかなか進まない。
「“発展せよ”! “発展せよ”! “発展せよっ”!」
シャロンの時が動く気配はない。敵の魔術の方が威力が強く、ネネユノのちょろちょろの魔力ではとても敵わないのだ。
シャロンへの時間加速の合間にクローの時間を止めてはいるが、状況を好転させられる気がしない。ジリ貧だ。もう負けるのも時間の問題、としか思えない。
「なんで……っ」
涙で視界がぼやけてきた。
「ユノ、指輪をはず――」
「なに? ファヴ、今なんて……ファヴ?」
顔を上げると、ファヴもまた岩に手をかけた状態で動きを止めていた。




