33.ボス部屋は謎だらけ
本日ふたつめの更新です
魔物のいなくなった静かなフロアに、もっちゃもっちゃと咀嚼音が響く。
「ユノちゃん、のど渇くんじゃない? お水飲みなさい」
「ほどほどにしとけよ、腹パンパンになるぞ」
小腹が減ったネネユノがサーモンジャーキーを齧っているのだ。弾力がありすぎて全然飲み込める気配がない。もうかれこれ10分近くもちゃもちゃしていた。
ファヴはただ静かに剣の手入れをし、クローとシャロンは魔力ポーションを分け合って飲む。
「ラスボスやっつけて、アーティファクトをゲットして帰って、そしたら俺、リリーちゃんとデートするんだ」
「はいはい。うまくいくといいわね」
いつもと同じ軽いやり取りだが、どこか声が硬い。
ネネユノはシャロンにもらった水と一緒に口内のジャーキーを流し込み、一息ついた。
「ファヴのその……腰にぶら下がってる円盤って」
「ん、ああ。これはアストロラーベだ。さっきのゴブリンが持っていた」
「知り合い?」
「同郷のな。優れた剣士だった。星を見るのが趣味で、子どもたちにはよく稽古をつけてくれたよ」
「同郷……」
ネネユノは王都を出発する前夜、星空の下で聞いたファヴの言葉を思い出す。
――そんな街は存在しないと言われた。
養子に出され、両親も故郷の街も存在しないと言われたファヴにとって、あのゴブリンは証人だ。
ネネユノは座っていた木箱を蹴り倒しながら、ファヴのそばへ向かう。
「それって! ファヴの故郷がちゃんとあるってことだよねっ? ちゃんとどこかに存在してて、ご両親もいて!」
「ああ。その通りだ」
ファヴは寂しそうに笑いながらネネユノの手からサーモンジャーキーを取り上げ、彼女のカバンに放り込んだ。そして、立ち上がって3人の顔をぐるりと見回す。
「準備はいいか。そろそろ行こう」
「おう」
全員が頷いて立ち上がる。いざ、ラスボスエリアへ――。
谷に生まれたダンジョンだからだろうか。ボスエリアには小さな池があった。が、それよりも全員の視線を釘付けにしたのは雪だ。歪な円形のエリアの外周には雪が積もっている。
天井は高いが岩だらけでゴツゴツしており、なんともおどろおどろしい雰囲気の陰を作っていた。さらに四隅に立つ柱に彫られたガーゴイルが、気味の悪さに拍車をかけている。
「寒いと思ったら雪かよ」
「面白みのないただの洞窟みたいなダンジョンだったのに、ここだけ季節がおかしいわね」
新興ダンジョンに麦畑や住宅区があったように、空のない場所に雪が積もることも「ダンジョンなら仕方ない」で済まされる。気温が低いことも、「ダンジョンなら」で納得できてしまうだろう。
しかし今は初夏、果物がなんでも美味しい季節だ。突然雪の降る寒さに放り込まれたら凍え死んでしまう。
「寒いぃぃぃ」
「防寒着なんて持ってきてねぇからな」
「あの壊れたからくり人形みたいに歩けば少しは温まる」
「なに? 壊れたからくり人形って」
「オレわかるぜ。ユノちゃんがよくやるチョボチョボ進んでくやつだろ」
ふたりが何を言っているのか、ネネユノにはわからない。チョボチョボは移動の擬音として絶対に間違っているし、そんな音で表現されるような歩き方をした覚えもない。
ネネユノが首を傾げていると、周囲を偵察していたシャロンがメンバーを呼んだ。
「ねぇ、これ見て。魔石があるんだけど!」
「はぁ?」
3人でシャロンのもとへ向かうと、シャロンは土に汚れた赤い石をファヴへ渡した。
手のひらサイズの赤く透明な石だ。大きさはネネユノの拳の4分の1ほどで、確かに魔力を多く含有していることが感じられる。
魔石とは魔物が稀に落とす核のようなものだ。宝石のように美しい上に魔力を持っているため、結界魔法などを刻んでアミュレットとして身に着けることが多い。
ダンジョンのフロアボスが落とす魔石はサイズが大きく、一度しか出現しないという特性上、その価値は計り知れない。
「この大きさ……ダンジョン最下層ボスが落とすものだろう」
「は?」
「確かに、さっきからラスボスの気配がないなと思ってたのよね」
「え、え、ボスもう死んでるってことですか」
ネネユノは慌ててエリア内を見渡した。
気配がないと言われればその通りだ。アカロンと一緒に活動していたときに、浅い層ではあったが一度だけフロアボスと対峙したことがある。あの時に感じた威圧感が、この部屋にはない。
クローが腕を組みながら首を横に振った。
「とはいえ、魔石を拾わずに帰るってのはあり得ねぇよ。ダンジョンなんかコレを取りに来てるみたいなとこあるしな。つまりボスを倒したあとに、生者拒絶の結界を解除できず野垂れ死んだか、あるいは魔物になったか――」
「魔石がここにある以上、ヒトとしてこの部屋を出てはいない。後者だ。この部屋で魔物になった」
「ままままま待って、じゃあ、その魔物はどこに」
「扉は閉まってたわよね?」
4人は顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
ラスボスを倒した者たちは、その後どうなったのか、どこに行ったのか。……その沈黙を破ったのはクローであった。彼は頭をポリポリと掻きながら歩き出す。
「それより、アーティファクトだ。オレたちは攻略しに来たわけじゃねぇからな」
「ま、それもそうね。呪いで人間から魔物になったって、要はただの魔物でしょう? ボスじゃないならそんなに警戒しなくても」
「シャロン、油断は――」
「おい、これじゃねぇか? すげー古そうな箱がある」
クローが指し示したのは、ラスボスエリアの中でも扉から最も遠い壁だ。
雪に覆われた中に、宝箱くらいのサイズの木箱がある。アーティファクトがあるかどうかは中身を確認するまでわからないが、しかし4人の間には確かにホッとした空気が流れていた。
「とりあえず、雪かきでもして箱を引っ張り出すか――」
「ギィヤアアアアアア」
箱へ手を伸ばしたクローを、上から何かが襲った。
ガーゴイルである。石像ではなく、本物の魔物だったらしい。
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