27.○○ないと出られないダンジョン
本日2回目の更新です。ご注意ください。
ダンジョンは普通「ナントカ山」とか「ホニャララ竜の棲み家」みたいに、その土地の名前や、あるいは内部の特徴によって名付けられる。
ここ「死生みの谷」のダンジョンは地名で呼ばれるが、そもそもこの地名がダンジョン由来のものである……と気付いたのは一行が内部へ入ってすぐのことだった。
「やっぱコレおかしいんだよな……」
クローが奥へ向かおうとするファヴを引き止める。
彼の視線は今しがたくぐり抜けた「結界」に釘付けになっており、ネネユノも好奇心にそそのかされるまま彼の視線を追いかけた。
結界なのだから当たり前のように緻密な術式が刻まれているし、微弱な魔力が感じられる。しかし、それが「表」であることに気付いたのはネネユノとクローだけだった。
「わたっ、私は皆さんご存じの通り魔術はまだよくわかんないんですけどっ! これって、もしかして――痛っ」
「ユノ、どうした? 何が起きている?」
「ユノちゃん大丈夫?」
クローを押しのけてネネユノが結界に触れた。が、その手はまるで先ほどのファヴのように弾かれたのだ。素手だったせいで雷に触れたような痛みが指先に走る。
涙目で手をブラブラ振るネネユノを結界から遠ざけながら、クローが「うーん」と唸った。
「これ、生者拒絶の結界だ。向こう側には聖性拒絶、こっち側には生者拒絶」
「えっと、アタシの理解が間違ってたら教えてほしいんだけど、もしかして聖職者を連れては入れないし、生きたまま出ることもできないって言ってる? そんなわけないわよね?」
と言いながらシャロンも結界に触れる。ネネユノと違って勢いよく手を突っ込もうとしたせいか、同じだけの力量で拒否を受け、シャロンは左手を胸に抱えてうずくまった。
「いったぁーい! なによこれぇ!」
「だからいつも魔法耐性上げろって言ってんじゃん」
「上げてるわよ! アタシでこんなに痛いんじゃ、そのへんの冒険者なんか気を失うか最悪死ぬんじゃない?」
「死んだら出られるんだから結果的に成功だな」
全員がファヴを見、そして無視した。
「絶対殺すダンジョンじゃん」
「だ、だから外はアンデッドばっかりだったんです、かね?」
「死なないと出られない部屋ってヤツね。……ていうかファヴはこれ知ってたんじゃないの? 陛下はなんて言ってたのよ」
「緊急避難のスクロールを持っていけと」
緊急避難のスクロール。つまり先般アカロンが使っていたもののことである。専用の紙に専用のインクで魔法陣が描かれ、紙を破ることで固有の魔術が手軽に使える。
アカロンが持っていたのはひとり用だが、お金さえ惜しまなければ複数人用も購入できる。
ファヴの回答を受けて、クローとシャロンの瞳が流れるようにネネユノを見た。
大事な荷物は大事なヒーラーが持つのが常識だからだ。ヒーラーさえ守っていればおのずと必要な物も守られる。
「え、預かってない! です、けど。え、や、ほんとにほんとに」
ふたりのジトっとした視線に耐えかねて、ネネユノはカバンの口をがばっと開ける。にょろっと顔を出した蛇が結界のほうへとうねりながら進み、結界に弾かれて死んだ。
「あっ、あっ、今日のご飯できた!」
「スクロールがないって、つまり出られないってことよね?」
「はぁ~。マジどうすんだよこれ。やっと花屋のリリーちゃんとデートできることになったのにさぁ。オレがゾンビになってもデートしてくれるかな……」
ファヴは大きく溜め息をついて肩を落とすクローの背をポンと軽く叩き、ダンジョンの奥を指差す。
「あまり気を落とすな。奥に行けば他の出口が見つかるかもしれないし、攻略すれば結界を解除できるかもしれない」
「いや元を正せばお前が――」
「すごく言いづらいんだけど、リリーって確か結婚を約束した恋人いるわよ」
「ああもうナンデ今言うノッ?」
声の裏返ったクローを置いて、ファヴとシャロンが先へ進む。ネネユノも小走りでそれを追いかけた。
死生みの谷ダンジョンの異常性は入り口の結界に限らない。
内部はそう広くなく脇道も多くないシンプルな造りだが、それ故に罠の多さが際立った。それも直接命を奪うような単純な罠ではない。対象を呪って魔物に変じさせるという手の込んだものだ。
アカロンと再会した例の新興ダンジョンとよく似ている。
さらに一行を困惑させたのは、どれだけ奥へ向かっても下層に降りても、明かりが途切れないということだった。
「この層も攻略は終わっているようだな」
「ご丁寧に、あっちにセーフティエリアも作ってあるっぽいぜ」
基本的に生まれたてのダンジョンに明かりはない。
照明があるのならそれは先駆者がわざわざ設置したということだ。大抵の場合は魔術師が、空気中の環境魔力を用いて半永久的に火を灯し続けられるようにする。それが暗黙のマナーだ。
セーフティエリアも同様に、先駆者が後陣のためにあえて毛布や調理器具を置いていくことで生まれる。ゴブリンのような知性を持った魔物がこの層にはいない、というちょっとした目安でもあった。
ファヴは自分で自分の肩を揉みながらホッと息を吐く。
「思ったより手強い敵が多かった」
「ほんとね。だから最下層まで攻略できていないってことなら納得よ。攻略してもあの結界が破れないなんて悪夢だもの」
「それな。ま、今日の探索はこのへんにして休もうぜ。オレ、罠に捕まりすぎて疲れたわ」
「その罠で一番疲れるのはユノちゃんでしょうに。ねぇ、ユノちゃん。……あら、ユノちゃん?」
ネネユノにシャロンの声は届いていない。
彼女は光の届きづらい路地を覗き込んで、目を凝らしていた。何かが光ったような気がしたのだから仕方ない。これは絶対に当たりの予感。ネネユノはそう信じて目を眇める。
「あっっっ!」
宝箱である。
ほぼ条件反射のように、ネネユノは路地へと飛び込んだ。
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