23.イポポおいしい
本日ふたつめの更新です
ネネユノがミンチになった肉を悲愴な表情でぼんやり見つめていると、シャロンが手際よくそれをフォークで掬ってパンに挟んでしまった。
レタスとタマネギ、それにイポトリルのミンチを挟み、仕上げにレモンソースをかけてネネユノに差し出す。サンドイッチだ!
「正直、魔族に不意を衝かれたら通常警備ではお手上げなのよね。にもかかわらず、門番以外に死者を出さずに済んだのは前伯爵の功績。さらに命をもって責任をとったこともあって、グリーンベル伯爵家はお咎めなし――当主が亡くなったんだから十分お咎めあったようなものだけれど」
「はぇー」
話を聞いているのかどうかもわからないまま、ネネユノは大きく口をあけてミンチサンドにかぶりつく。シャリっと野菜の音が響き、ネネユノに笑顔が浮かんだ。釣られるようにクローも薄らと笑う。
「ってわけで、この件はグリーンベルの名に懸けてオレが解決しなきゃいけないんだ」
「へほふちゃひちゃはめはよ」
「ひっでぇなお前、いま口の中のもん飛ばしたろ! それにここしんみりするとこだっただろ!」
「ユノちゃん、食べ終わってから喋りなさいね」
6歳で両親が出奔し放任主義的な孤児院で育ったネネユノは、上流階級どころか基本的なマナーも少し駄目なのである。が、それはクローやシャロンと過ごす時間が少しずつ矯正してくれている。
「ごめん。無茶しちゃ駄目だよって言った」
「ぷは。『うるせぇオレがやらなきゃ誰がやる』って言う流れだったはずなのに。締まらないなあ」
「みんなでやろ。ファヴがこの任務にクローを選んだのも、それをオッケーした王様も、グリーンベル伯爵家を信じてるからでしょ。ちゃんと生きて帰って、偉かったねって言われたほうがいいよ」
「……ふ。そりゃそうだな」
ネネユノはそこでお喋りをやめ、食事に集中することにした。
イポトリルすごい。柔らかいし臭みもないし、口の中に入るとふわっと溶けて消えてしまう。じゅわっと広がる脂にイポトリルの気配と塩気を感じる。美味しい。
初めて食べる肉に舌鼓を打っていると、出入り口のほうがにわかに騒がしくなった。見れば月侯騎士団とは違う制服の人間が複数やって来たようだ。
ひとりは太鼓のように立派な腹をさすりながら、空き席を探して食堂内を見回していた。
「近衛兵ね」
「ここ月侯騎士団の宿舎だよ」
「食堂は誰でも使えるのよ。月侯騎士団って各地の魔物を討伐しに行くから、珍しい食材も豊富でしょう? いろんな人が来るのよねぇ」
「今日はイポトリル目当てだろうな」
クローは威嚇する犬のように、あるいは臭いものを嗅いでしまったかのように、微かに鼻の上部に皺を寄せる。
もしかしてクローは彼らを快く思っていないのかなとネネユノが首を傾げたとき、出入り口付近の近衛兵がわざとらしくクローの名を呼んだ。
「あれぇ? クロー・グリーンベルさんじゃないッスか。まだ月侯騎士団にいたんだ?」
「チッ……。よぉ、大食いのグラちゃん」
「グレゴリーのグレだボケ」
ネネユノがシャロンに目で問うと、シャロンはネネユノの耳元に口を寄せた。
「グレゴリー・ブルーベル。四大魔導伯爵家のひとつブルーベルの次男で、クローとは犬猿の仲ってやつよ」
「美味しそうな名前」
「そうね……? え、もしかしてブルーベリー想像した? お花じゃなくて?」
「でもアイツは食ってもマズイぜ。脂肪しかない」
イポトリルのステーキ定食が載ったトレイを持って、グレゴリーと愉快な仲間たちが近くのテーブルに着席する。
仲が悪いのならわざわざ近くに来なければいいのに。
「そんでェ? いつになったら真犯人とやらを教えてくれるんですかねぇ~?」
「うるせぇ。他人の心配する前に自分を振り返れよな。まともに鍛錬してりゃそんな腹になんかなんねぇぞ」
「ねぇシャロン、あのグラちゃんは何を言ってるの?」
「グレだって――誰だこのチビスケは。クロー、ちゃんと教育しろ」
クローとグレゴリーが不毛な言い合いをしている間、シャロンが呆れ顔で説明をする。
メイナードが呪われた事件は、誰かが魔族の侵入と逃亡を手引きしていないと不可能だ、という見解らしい。
グラちゃんはそれがグリーンベル家だと主張しているのよ、と言うシャロンに間髪入れず「グレな!」と指摘が入った。地獄耳だ。
最後のひと口を口の中に押し込んで、ネネユノは窓の外を眺める。この5日、ファヴの姿を見ていない。
「ファレス団長も、こんな奴いつまでも月侯騎士団に置いとくんだもんなぁ。『天与の智謀』なんて言っても、大したことないんだな」
「てんよのちぼー」
「すごく頭がいいってことよ。ファヴは戦術や戦略を立てるのがすごいって言われているの」
ネネユノは斜め上を見ながら今までのことを思い出す。
あの爆発四散特攻は決して頭がいいとは言えないと思うのだが。それはそれとして、月侯騎士団でもない人間からファヴを馬鹿にされるのは腹が立つ。
ム、となったネネユノの目の前でクローが立ち上がる。ガタンと椅子が大きな音を立てた。
「ユノちゃんも食い終わったみたいだし、もう行こうぜ」
「そうね」
シャロンとネネユノも頷いて席を立ち、懐中時計がポケットから転がり落ちていないか確認した。大丈夫そうだ。
「おー、さっさと行けよ。やっと飯も美味くなるってもんだ――うわぁっ」
グラちゃんが叫ぶ。なんと定食のスープを頭からかぶっているではないか。
クローやシャロンも、グラちゃんの愉快な仲間たちも、全員が顔を見合わせた。
「なななんだよ、この器がトレーにくっついて動かないと思ったら、いきなり取れて」
クローとシャロンの視線がネネユノに集まるが、ネネユノは気付かないふりをして出入り口のほうへと向かうのであった。
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