22.お勉強は体力を使うので
昨夜間違えて更新しちゃったみたいです
まだお読みでない方はひとつ前のお話からどうぞ
王都へ到着してから5日。城の一角にある図書室に、艶やかなドレスを纏ったシャロンがやって来た。
「図書室ってカーテン閉め切ってて好きじゃないのよね」
「そういうもんだろ」
ウトウトするネネユノの脇を小突きながらクローがじろりとシャロンを見上げる。ハッと顔を上げたネネユノは周囲を見回してからまた舟をこぎ始めた。
ネネユノとクローは本を何冊も広げながら、机に隣り合って座り勉強をしているのだ。
「あんたたちお昼ご飯は食べたの?」
「そういえばまだだったか」
「あらやだ。午後からはアタシがユノちゃんの先生だって言ったのに」
「ドレスでか? 体力増強がシャロンの担当だろ」
「マナーも教えろって頼まれてるのよ。今回の遠征から戻ったらきっとすぐに夜会でしょ。遠征中にマナーの勉強なんてできないし、今のうちにと思って」
王専属の剣である月侯騎士団は、様々な事情から社交の場に出ることも少なくない。
最大の理由は貴族たちが彼らとのコネクションを求めている、あるいは娘や息子の伴侶に望んでいるからである。貴族の要望は断れない。
そのため最低限のマナーを身に着けることは必須であるのだが――。
今回の遠征の目的はアーティファクトを回収すること。無事に目的を達して戻ってきた暁には、メイナードの呪いが解ける……かもしれないのだ。そうなれば城は歓喜に沸いてお祭り騒ぎとなることは想像に難くない。
クローはシャロンに大きく溜め息をついて見せ、それからボロボロになった古い魔導書を突きつけた。ネネユノが肌身離さず持ち歩く魔導書だ。
「見なよこれ。ユノちゃんずっとこれで勉強してたんだってよ」
「そうなの? ……ええと、『まほうのきほん。その1。まりょくをかんじてみよう』? なにこれ、絵本?」
「読み書きは孤児院で教わったけど難しい単語は知らないし、魔術知識はコレと、冒険者ギルドで聞きかじっただけの理論からかけ離れた……おばあちゃんの知恵袋みたいな。そんなんばっかよ」
シャロンがガクガク揺れるネネユノの頭をクローに預け、彼女が直前まで読んでいたであろう本を手に取る。
タイトルは「魔術教本 時の書」とある。パラパラめくればその細かい文字にシャロンでさえ睡魔の気配を感じた。
「なのにこんな難しい本読ませてるわけ? そりゃ寝るわよ」
「違う違う。この図書室に実践的な時魔術の本ってこれしかないのよ。んでさぁ、ユノちゃんって時魔法しか使えないらしいじゃん? オレがこの本を暗誦して教えるってのはできるけど、まず専門用語は読み書きできるようになってもらわないとさ、無理なんだよね」
「あー。ね。アタシが魔術使えないのもそのせい。いちいち用語が難しいのよ」
「肉体強化魔法そんだけ使えりゃ十分だろ」
「んぐっ……やだそれも食べる……」
「食わせてやるから起きろー」
腕に抱えたネネユノの耳元でクローが大きな声を出す。
ネネユノがパチッと目を開け、再び周囲を見回した。
「わ。シャロンさんだ」
「ユノちゃんおはよう。さて問題です。魔法と魔術の違いは?」
「うぇぇ……。魔法はよくわかんないけど発動するやつ。魔術はちゃんと理論を理解して想定通りに発動させるやつ!」
「偉いぞー、だから魔術を使うための理論を理解するために用語を覚えようなー」
「クロー、その前にランチにしましょ。ユノちゃんったら涎垂らしっぱなしよ」
クローは抱えていたネネユノの頭を離して身体を起こさせ、彼女の顔を覗き込む。確かに口の端からテロンと液体が流れ落ちているようだ。
「そういや食い物の夢でも見てたっぽいもん――うわぁっ! オレの服に涎ついてんじゃねえか」
「あれぇ?」
「あれぇ、じゃないんだよなぁ」
寝起きで足元の覚束ないネネユノをクローとシャロンが左右から支え、食堂を目指す。
やっとネネユノの目が覚めて支えがなくとも歩けるようになってきた頃、前方から若い男性がやって来てクローの名を呼んだ。
「あ、兄貴。いや、グリーンベル伯爵か。今日は城に用事か?」
「お前、『死生みの谷』に行くそうだな」
「……おう。すぐにも出発してぇんだけど、ちょっと長旅になるから準備に時間がかかってる」
「その準備に関して、グリーンベル家ができる限りの支援をする。という話を陛下としてきたところだ」
「助かる」
「命を賭しても、アーティファクトを持ち帰れ」
グリーンベル伯爵はそう言い放つと足早に立ち去った。
その後ろ姿を見送りながら、ネネユノが「はぇー」と声をあげる。
「クローはお兄ちゃんがいるんだ。若いのにもう伯爵さまなんだね」
「ユノちゃん、あのね――」
「シャロン、いいよ。隠し事はしないほうがいい。っていうかオレきっと無茶するから、ヒーラーには事情を伝えておいたほうがいい」
「なになに、怖い」
まずは腹ごしらえね、とシャロンに連れられ一行は月侯騎士団の宿舎にある食堂へ。
「わっ、今日のご飯はローストビーフ!」
「違うわ、ローストイポトリルよ。他の班がイポトリルを狩ったんですって」
「いぽぽ……? いとぽ……いぽ……。なんでもいっか」
シャロンはこの肉が好きだと以前言っていた。
ネネユノにはいまいち発音できない名前だ。イノシシがどうのと言っていたはずだから、もしかしたら硬いのかもしれない。
ネネユノは難しい顔でナイフとフォークを握る。クローはローストイポトリルのサンドイッチで、シャロンはお茶だけを手に席についた。
「さっきの話なんだけど」
「あ、そうだった」
硬いと思った肉が予想よりはるかに柔らかく、ナイフを持つ手はほとんど抵抗を感じないまま、肉を切り分けていく。楽しい。
「メイナード殿下が呪いを受けたときの、護衛の責任者がオレの親父だったんだよ」
「はぇー。でもあの呪い、そのへんの魔物が使うような強さじゃないよ、ですよ」
優秀な聖職者たちでさえ解呪できない呪いだ。あれは魔物ではなく、さらに上位の存在によるものでなければおかしい。
ネネユノの手元でスパスパと肉が切れていく。
「そう。魔族が襲った」
「え。ま、魔族ってあの魔族? おとぎ話かと思ってたのに。そういえばイコニラ雨林行く途中だって」
「そうよね、この前はアタシもすごく驚いた。だって滅多に出て来ないものね」
強敵とばかり戦う使命を持つ月侯騎士団でさえ、魔族にはほとんど遭遇しないのかとネネユノは目を丸くした。それならば、おとぎ話だと思い込んでも不思議はない。
一方で、そんなレアな生き物がなぜあの時、自分たちを見つめていたのか……とも思う。
「親父は責任をとってその場で首を切って死んだ」
クローの言葉にネネユノが手を止めたとき、イポトリルのローストは皿の上でミンチになっていた。
お読みいただきありがとうございます!
ではまたお昼に!




