20.どうしてこんな目に
本日2回目の更新です
お気をつけくださいませ
王様は「好きなだけ食べなさい」と言って、ネネユノの目の前にマカロンをこんもりと盛った。
この太っ腹具合は間違いなく王様である。ネネユノは庭師だと勘違いしたことを心の中で謝ることにした。
「ファヴ、報告書読んだよ。みんなよく頑張ったね」
「はい。報告書でもお伝えしましたが、このユノのおかげで勝利できました。それで彼女を月侯騎士団へ迎えたいのですが」
「うん。いいんじゃない。っていうか逃がしちゃ駄目だよ、保護しないと」
「ありがとうございます」
市場でおすすめの野菜を売買するみたいに軽い会話で、ネネユノの進退が決まってしまった。
国王陛下はいつの間にか気のいいおじさんのような雰囲気に戻って、ニコニコとふたりを眺めている。
マカロンはチョコのやつが美味しい。チョコレートは平民には手の届かない高級品だ。なので残りひとつとなったチョコ味のマカロンは後回しにする。好物は最後に取っておく主義である。
「そういえば名前ちゃんと聞いてなかったね」
庭師もとい国王陛下がそう言ってネネユノに首を傾げてみせた。
口の中のモチョモチョを紅茶で流して顔を上げる。
「ユノ……ユノ・カバナです」
「本当にそれが本名?」
「うぇぇ……そ、です、けど」
時魔法が使えることは誰にも言うな、という父の約束は破ってしまった。だからせめて本名を開示するなという母の約束だけは守りたい。
しかしこの王様、何を考えているのだろうか。なぜ本名じゃないと思ったのか聞きたいが、藪蛇になるのが怖くて聞けない。
王様はまだ探るような目を向けてくるが、ネネユノはマカロンを頬張って誤魔化すことにした。
「それじゃあユノ。早速ですまないんだけど、お願いがあるんだよね」
「おねがい」
「でも叙任式が先だね」
「じょにんしき」
おねがいはわかるが、じょにんしきは聞き慣れない言葉である。
眉根を寄せたネネユノに、ファヴが「騎士として認めるための儀式だ」と説明を加えた。
時間がないこと、月侯騎士団が国王直轄の小規模集団であることなどを理由に、その場で叙任式を行うこととなったらしい。
王様が従者にひと声掛けただけで、ちゃくちゃくと準備が進められていく。
「普通、叙任式と言えば佩刀の儀をもって剣を授けるものだけどね。月侯騎士団ってみんな我が強いというか、武器にこだわりがあるでしょ。授けたところで使ってくれないんだよ、悲しいね」
「はぁ」
「だからもう形式だけだ! さ、ここに跪いて」
指示された通り国王の前で跪く。見物人はファヴと、何人かの衛兵、それに誇らしげに咲く薔薇たちだけだ。王は従者から瀟洒な杖を受け取り、美しい宝玉の嵌まった冠部分をネネユノの左肩に乗せる。
「ユノ・カバナ。汝はこれより人を守る盾、邪悪なる魔を屠る矛となる。礼節を重んじ裏切ることなかれ。主君たるゴドフリーの名のもとに、その武勇を揮うべし」
孤児院出身のネネユノでもゴドフリーがこの国の王の名であることは知っている。そういえばそんな名前だったなぁとぼんやりしていると、ゴドフリーが杖をくるりと回して冠をネネユノの口元へ寄せた。
何かを求められている気がする。が、ネネユノにはそれがわからない。顔を上げるとゴドフリーと目が合う。互いにパチパチと瞬きをするも、意思の疎通などできるわけもなく。
「ユノ、口付けを」
ファヴが声をひそめて言う。
しかしネネユノにはその意味がわからず、首を傾げるだけだ。
屈強な衛兵たちも両の拳を握って「キスしろー」と言い始めた。キスとな? 誰と?
周囲をぐるっと見回してからもう一度ゴドフリーを見上げると、ものすごい形相で首を横に振っている。このおじさんとキスをするわけではないらしい。
「ファ、ファヴ」
衛兵たちのキスしろコールの中、ゴドフリーが引きつった顔でその名を呼ぶと、一足飛びでファヴがネネユノの傍へとやって来る。
「こうだ」
その大きな手でネネユノの頭をムズと掴むと、そのまま押し下げた。
ネネユノの鼻と口がムチョっと杖の冠にぶつかる。緻密に彫り出された植物の葉の先端がいくつも刺さった。多分、鼻の穴にも入ったと思う。
「いだい」
「立っていいぞ」
「どうして私がこんな目に」
ファヴの手を借りながら立ち上がった涙目のネネユノの肩に、ゴドフリーがマントをかける。夜に溶ける濃紺、光沢のある重厚な生地、そして煌めく三日月の紋章。月侯騎士団のマントだ。
「あなたの活躍を期待している」
ゴドフリーにそう声を掛けられると、ネネユノは自然とさっき見た月侯騎士団の敬礼をしていた。もちろん細かいところなど覚えていないので、右腕で胃のあたりを叩いて吐きそうになっただけなのだが。
そのとき。
「クルルップー」
どこかで鳩の声がする。
嫌な予感がして周囲に視線を走らせれば、見覚えのある鳩が東屋のテーブルの上を我が物顔で闊歩していた。
「鳩! あっ、私のマカロンが!」
もう二度と食べられないかもしれないチョコ味のマカロンが、テーブル上にまだ残っている。
あの鳩はネネユノにとって蛇を超える天敵である。奴の動向には警戒しなければならない。何と言ってもアップルパイに手を、いや嘴を出した前科者なのだから。
追い払うため東屋へ向けて駆け出そうとしたネネユノの横を、ファヴが猛スピードで走りぬけていった。
「クリスティン!」
「クリスティン?」
鳩がチョコマカロンを発見した気配がする。首を前後に揺らしながら、確実に一歩ずつネネユノの皿へと近づいていく。
大声を出して威嚇してやろうかと身構えた瞬間、ファヴが鳩を抱き上げた。
「クリスティン! チョコを食べてはいけない」
「クリスティン?」
どうやら鳩の名前だったらしい。クリスティンが?
何はともあれチョコマカロンは守られた。美味しく食べるところをクリスティンに見せつけてやらねばならない、とネネユノは軽やかな足取りで東屋へ向かう。
それをゴドフリーの声が追いかけてきた。
「正式に月侯騎士団の一員となった君に、改めてお願いがある」
そういえばそんなこと言ってましたねぇ? と、ネネユノの足が止まったのであった。
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