18.ここは天国かも
本日2回目の更新です。
ひとつ飛ばしていないかご確認くださいませー!
オリーブ色の髪の少女が不安そうな眼差しで立ち竦んでいる。
女性が小さなカバンに着替えと少しのお金、それに魔導書を詰め込んだ。男性は少女のベルトに懐中時計を、首にはネックレスを掛ける。
これは夢だ。ネネユノが繰り返し見る夢で、本人もこれが夢だと理解している。
『ネネユノ。時魔法が使えることは誰にも言ってはいけないよ』
『うん』
『本当の名前は誰にも教えちゃダメ。わかった?』
『わかった』
『パパとママは大事な用事があるから行かなくっちゃいけない。でも必ず迎えに来るから』
『いい子にしているのよ』
会話の内容はいつも同じ。
両親の背中が小さくなるのをずっと見守って、寂しさに耐えきれなくなって走り出す。しかし足が重くて思うように動かせない。そして……。
「パパ、ママ!」
叫びながらガバっと起きたネネユノが見たのは、見知らぬ天井だった。
なんと天使の絵が描いてある。調度品はどれもピカピカに磨かれている、見たこともないほど豪華な部屋だ。ベッドは清潔でお日様の匂いがするし、ふかふかで気持ちがいい。
しかも窓から入る光は明るく、近くに花畑でもあるかのようにいい香りがする。ということはつまり。
「ここは天国……」
「違うぞ」
「うわぁぁっ」
部屋の隅からズカズカと足早にやって来たのはファヴだ。正直、ファヴの顔がとびきり端正なのは天使だからだと言われたほうが納得できる。
というか天使なのではないだろうか。つまりここは天国。
「うなされていたようだが、悪い夢を?」
「小さい頃、両親に置いていかれたときの夢」
「ああ……孤児院の出身だと言っていたな。すまない」
ファヴはベッド脇の小さなテーブルにあった水をグラスに注ぎ、ネネユノに手渡す。
着替えを済ませたらしく、彼はかっちりした騎士服を着ていた。今までマントこそ月侯騎士団の紋章が入ったものだったが、それ以外はすべてその辺の冒険者と似た装いだったから、見慣れない姿になんとなくモジモジしてしまう。
居心地の悪さを誤魔化すようにグラスを煽り、一気に飲み干した。美味しい、とても美味しい。
「いや、別に大丈夫です。いつか会えると思うし」
「置いて行ったと言ったか。何か事情があったんだな」
「ん。迎えに来るって言ってたから。どこかで怪我でもしてるのかも」
「捜すのなら協力する」
ファヴは変人だが、基本的に善人だ。秩序を重んじる人でもある。
協力してくれと言えば快く引き受けてくれるだろうが、だからといって騎士団長としての責務が減るわけではない。あまり甘えるべきではないだろう。
ネネユノは曖昧に笑ってから、返事をしないままわざとらしく周囲を見渡した。
「っていうかここどこですか。ほんとに天国じゃない?」
「王宮だ。ユノが転移のときに気を失ったので客室を借りて寝かせていた」
「ひぇぇぇぇぇ」
慌てて飛び起きようとしたネネユノをファヴが押しとどめ、グラスを取り上げる。
国で一番高級なベッドにいると思うと申し訳なさで穴に埋まりたくなるのだが、騎士団長様はそれを許してくれないらしい。
「医師が言うには、転移の際の魔力の圧に耐えられなかったのでは、ということだが」
「魔力の圧」
「あの転移装置は1個中隊をまるごと移動させられる規模だ。使用される魔力もかなり多い。魔法がまるきり使えない者や、体内魔力を上手く循環させられない者は、内外の魔力の差で平衡機能に異常が出るとか。まぁ簡単に言えば馬車酔いや船酔いのようなものだ」
「ああ、なるほど」
自分の有り余る魔力をうまく扱えていない自覚はある。そのせいだと言うなら納得だ。
病人という大義名分を得てネネユノが安心してベッドに転がると、ファヴが柔らかく微笑む。
「思ったより元気なようで安心した」
「おかげさまでー」
「では陛下への謁見を申し込んでこよう」
「なんて? って、ちょちょちょちょちょーい!」
ファヴは説明もないまま部屋を出て行ってしまった。「へーかへのえっけん」と聞こえた気がするが、へーかとは国王陛下のことであろうか。
「まさかね」
聞き間違うとは疲れているに違いないと、ふかふかのキルトを頭から被って二度寝を目指す。……が、先ほど見た夢がなんとなく気になって寝付けない。
引っ掛けてしまわないよう気を付けながら服の下につけていたネックレスを外して、トップにぶら下がる指輪を見た。そう、ネックレスではなく指輪なのだ。
これもまた、両親が去る前に「必ず身に着けておくように」とネネユノに渡したものだった。
鎖から外して左手の小指から順に嵌めていき、ぴったりの指を探す。年の割に小柄なせいもあって、多くの指がぶかぶかだが……、右手の中指ならちょうど良さそうだ。
大人用の指輪をちゃんと指に装着できるようになったことが嬉しくて、ネネユノはベッドの中でクフクフ笑いながら右手を広げた。
ネネユノの瞳と同じ深い海の色をした宝石がついた指輪だ。内側には紋章のような模様が彫ってあり、いつか両親を捜す際のヒントになるだろう。
「パパ、ママ……」
そう呟いたのと、客室の扉が開くのは同時だった。もちろん、ファヴである。
「ユノ!」
「ぎゃーっびっくりした! デリカシーどこやった?」
「今すぐなら時間をとってもらえるらしい」
「なんて?」
「国王陛下へ謁見だ。さあ、これに着替えるといい。クローから借りてきた。子どものときの服だそうだ」
ファヴが差し出したのは、貴族が着ていそうな衣服である。キラキラの刺繍が入ったジャケット、ビラビラのフリルがついた白シャツ、ジャケットと同じ素材の細身のズボン。
ネネユノに貴族の服の違いはわからない。ただ単純に「貴族っぽい」と思うだけで、デザインの良し悪しはもちろん、どれくらい高級なのかもわからない。
しかし、もし汚したらネネユノの全財産では到底足りないことくらいはわかる。だから触ることさえ躊躇われる、のだが。
「まって、クローって言った?」
「ああ。クロー・グリーンベル。四大魔導伯家のひとつで立派な貴族だ。彼の選ぶ服なら陛下の御前でも失礼にはならないだろう」
「あああああの、あのちゃらんぽらんがっ? 貴族っ?」
顎が外れたかのように口が空きっぱなしのネネユノに、ファヴは軽く頷いて答える。
「月侯騎士団の新人として謁見するなら、ドレスではないほうがいいらしい。着替えたら早速行こう。どれくらいで準備できる?」
「ぅぅぅぅ。こんな上等なの、着方わかんないもん。なる早で頑張る!」
「なる早とはなんだ」
「なるべく早く! 団長やるならスラングも覚えたほうがいいと思う」
「善処しよう」
混乱のあまりファヴに八つ当たりしながら彼を部屋から追い出す。
ギリギリ文字の読み書きができるだけの孤児が、まさかこんなことになろうとは。どちらかと言えばこちら側だと思っていたクローが実は貴族であったとは。
何もかも現実感がなくて夢のようだ。それも悪夢のほう。夢なら覚めたい、と頬を強く摘まんだが痛いだけだった。
お読みいただきありがとうございます!
ではでは、また明日の朝に!