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16.金払いは何より大事なので


 ファヴは、ふっと笑ったあとで「もちろん」と言葉を付け足した。


「アカロンは仲間じゃないから何も言わなくて正解だった。だが俺たちのことは信じてほしいんだ」

「なんで……いつから……」


 怪しまれているかもしれないなと思うことは多々あった。

 それでも、時魔導士だと断定されるほどだったろうか。


「最初からだが、確信したのはアカロンの腕を治したときだな。治癒士は呪術による変化を一部だけ治すことなどできない」

「嵌められた!」

「騙すようなことをしてすまない。だが確認するために必要なことだった」

「りょ、両親に言っちゃ駄目って言われてたんです、悪い人に目をつけられるから。アカロンたちは気付かなかったのに」

「うまく隠しているほうだとは思うが、この世界で生きるのならそれも限界がある」


 時魔導士は伝説、おとぎ話のような存在だ。

 世界の時を止められるとか若返らせられるとか、みんな好き勝手に夢を見る。


 幸いにして、今のネネユノは少しだけお金持ちだ。インビジブルフロッグの報酬とシーフに返してもらった蓄えがあるのだから。2、3ヶ月は姿を隠せるだろうし、無理難題を吹っ掛けられる前に今すぐ逃げ出すべき……。


「ここダンジョンじゃんんんん」

「それがどうかしたか」

「いえ、別に」


 ここでファヴと離れるのは自殺行為である。逃げるなら地上に戻ってからだ。それまでは平静を装うのがいいだろう。


「我々、月侯騎士団なら秘密を口外することはないし、君を狙う者があれば守ることもできる。それに俺たちも君の力を頼りにさせてほしいんだ。蛙戦では君のおかげで勝てたという実績もある」

「むむ」

「改めてお願いしたい。どうか、俺たちの仲間に。月侯騎士団へ加わってもらえないだろうか」


 むぅ、と唸って腕を組む。

 月侯騎士団と言われてもピンとこないが、ファヴやクローやシャロンの仲間になれということなら、多少は心も揺れる。求められることなど初めてだが悪い気はしない。


 確かに彼らならば、世界の時を止めて金を盗めなどとは言わないだろうけれども。それに、逃げたところでもっと悪い人に正体がバレる可能性もある。

 ただただ引っ掛かるのは、隠すべき時魔法を引っさげて堂々と活動するのが、父との約束に抵触するからで――。


「しかも月侯騎士団は金払いがいい」

「やります」


 父はどうせ死んでいるに違いないのだから、今を生きる若者が自分の人生を優先するのは当然である。うむ。


 ファヴはくしゃっと少年のような笑顔になって手を差し出した。握手を求められているらしい。ネネユノが握り返すと、その手を引かれて再び荷物のように抱え上げられた。


「うわぁ!」

「そうと決まれば急いで戻ろう。クローとシャロンには君の口から時魔法について伝えてやってほしい。そして、魔法についてふたりから学ぶといいだろう。きっといい刺激になる」


 ダンジョンの中だと言うのに、ファヴはご近所を散歩するかのような足取りで住宅区を通り抜ける。行く手を阻む魔物はネネユノを小脇に抱えたままでバッタバッタとなぎ倒し、あっという間に地上にたどり着いたのであった。


 ◇ ◇ ◇


 宿場で最も大きな食事処へ向かうとクローとシャロンがにこやかに手を振って、ネネユノたちを迎えてくれた。彼らはすでに食事を終えたらしく、何が美味しかったとか何はやめておけとか助言をくれる。


「そんでそんで? あのいけ好かないのの呪いはどうなったん?」

「えっ。クローさん、呪いのこと知ってたんですか」

「そりゃあ……首に赤い線入ってたの見なかった? あれかなり強力な呪いでしょ」

「ほら。クローから学ぶことは多そうだろう?」

「はぇー」


 なるほど確かに知識は必要そうだ。知っていればファヴに嵌められることはなかったし、呪いの見分け方がわかるようになれば状態回復の判断も早くなる。

 時魔法についての知見を深める、あるいは新たな魔法を得るというのは難しくても、魔術全般の見識を広げるのは自分を含めたパーティー全体の生存確率を上げるのに有用であろう。

 クローはメニューをファヴに放り投げてスンと鼻を鳴らした。


「自分こそ呪いに気付いてたからダンジョンについてったんだろ」

「結果から言うと解呪には失敗した。自分で教会に行くといいんだが」

「へぇ。結局なんの呪いだったんだ?」

「魔物に転じる呪い。最近流行りのやつだ。主に罠で発動するようだが、もしかしたら殿下の――」

「そう。……あ、ユノちゃん、ハギスはやめといたほうがいいわよ」

「いやハギス美味いだろ。それよりさっさと注文しようぜ」


 ノリが軽い。ファヴの話を聞き流すくらい軽いぞ、と驚いたネネユノだったが、裏を返せば呪いがどうとか、人が魔物になるとか、そのような事態に慣れっこになっているということだろう。


 注文を終え、料理を待つ間にファヴがダンジョンでのことをかいつまんで説明した。5層まで降りたこと、魔物の群れに遭遇したこと、シーフたちを救出できたこと……。

 ヒーラーに胸部を押し付けられたことも、煩悩を打ち払うために石を積む作業に没頭したことも言わなかった。ずるい大人である。


 話を聞き終えたシャロンは目を伏せ、スプーンでコーヒーをくるくるかき混ぜる。


「ンじゃあ、馬車がないのはみんなが解呪のために王都方面に出掛けてるせいね?」

「恐らくな。解呪可能なヒーラーの絶対数が少ない上に、この宿場の教会はもう許容量を超えている」

「つまり、道中は間に合わなかった元人間がたくさん暴れてるかも……ってことねぇ」

「元アカロンもいるかもな」

「そういうの、笑えない冗談よ」


 少し怒ったみたいなシャロンの横顔は以前にも見た。どこで見たんだっけと少しだけ考えて、それが大猿の亡き骸からネームタグを拾ったときだと思い至ると同時に、ハンバーグが運ばれてきた。


 中にチーズが入ったちょっと珍しいハンバーグだ。

 ナイフを入れると肉汁と一緒にチーズがとろりと溢れる。湯気がふわーっとたってネネユノの鼻をくすぐった。フォークをくるくる回して伸びるチーズを巻き取り、口の中へ。熱々の肉をはっふはっふ言いながら舌で転がして食べる。


「美味しい! お肉、美味しい!」

「いい語彙力だ。オレは好きだぜ、そういうの」

「火傷に気を付けるのよ」


 火傷なんてすぐに治しちゃうから――と言いかけて、ネネユノはフォークとナイフを置いた。

 ちゃんと言っておかなければならない。仲間として迎え入れてもらい、そして仲間の足を引っ張らないようにするために。


「あの、私、実はヒーラーなんかじゃなくて……その、時魔導士、です」


 顔を見合わせるクローとシャロン。

 今まで黙っていたことを怒るだろうか、それとも無理な要求をするだろうか。ネネユノは不安をいっぱいに抱えながらふたりの言葉を待った。




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次回は明日の朝!

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