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12.動くと数えられない


 アカロンの案内で仲間がいるはずだという5層へ。


「俺たちはユノも知っての通り剣士である俺と、ヒーラー、シーフ、それに射手(アーチャー)の4人でやってた。でもまぁ、このダンジョンの探索を続けるなら、メンバーの入れ替えは必要だよな」

「そのメンバーでは探索できないのか?」

「ヒーラーは魔力が少なくてすぐに使えなくなる。シーフは戦力にならない。アーチャーはいてもいいけど、このメンツだとやっぱ戦力的に微妙だ」


 右半身が急に寒くなった気がしてネネユノが横を見ると、ファヴが未だかつてないほどのお怒りモードである。怒れる美人の迫力は凄まじい。そのオーラだけで魔物など逃げていきそうだ。

 ネネユノは魔物ではないので逃げこそしないが、見なかったことにはした。触らぬ神に祟りなしと東方の古い書物にも書いてあるからだ。


 一方アカロンはそんなことなど気付くはずもなく、ひとり喋り続ける。


「シーフは戦える奴と交代だろ、ヒーラーももっと熟練の奴がいいよなぁ……魔力切れがない分ユノのほうがまだマシだったまであるからな」

「黙ったほうがいい、死にたくなければな」

「魔物が寄って来るって? 月侯騎士団って思ったより慎重なんだな――あっと、そこを右だ」


 ダンジョンの内容は千差万別で、どこかの国の古城のような内装のものもあれば、1層から最深部まで森のように木々が茂るばかりのものもある。

 このダンジョンは寂れた前時代の村という趣で、小さな家々が並ぶ区画や畑が広がる区画などがあり、なんともノスタルジックだ。


 そんな住宅区を右折した先に、仲間が待っていると彼は言う。しかし……待っていたのは魔物の群れであった。


「犬だ、犬です。黒いのが1、2、3……んん? 動くとわかんなくなる。なんで動くの」

「生きてるからな。黒妖犬か。奥にゴブリンもいるようだ。本当にこの道で合ってるのか?」

「あったりめぇだろ。俺は金を取り戻し――いや仲間と合流したいんだからさ」


 魔物はまだこちらに気付いていないが、地図を確認する限りこの先に向かいたいのであれば戦闘は避けられないだろう。


 灯りがあるとはいえ薄暗く、闇に紛れる黒妖犬を正しく数えるのは困難だ。ネネユノは回復役であり、まともに戦えるのはファヴとアカロンだけ。

 魔物は基本的に集団行動を苦手とするため、このような場合には少数ずつ釣って倒し、数を減らしていくのがセオリーだが。


「お、お前ら頼んだぞ! お、俺はこう見えて、ひ、疲労困憊なんだ」


 しれっとネネユノやファヴの後ろに隠れたアカロンに、ネネユノは開いた口が塞がらない。しかしファヴはあまり気にしていないようだった。


 ネネユノにだけ聞こえるくらいの声量で、指を差しながら作戦指示を始める。これは今までにも度々見た光景だ。もちろん指示を出す相手はネネユノではなくクローやシャロンであったが。


「弓を持つゴブリンがいる。その動向をよく見てくれ。あとは俺がなんとかする」

「や、矢が刺、刺さったら抜いてくれると助かりますっ」

「ふは。刺さる前に対処してもらえるとありがたいがな」

「ふぇぇ……」


 石でも投げつけて注意をこちらに向ければいいのだろうか、などとネネユノがぼんやり考えている間にも、ファヴは剣を抜いて群れへと突っ込んで行ったのである。

 いつかの爆発四散特攻を嫌でも思い出してしまう。無茶はしないでよと祈りながら、ネネユノも後を追った。


 怪我を負っても治せば問題ないとばかりに突き進むのは、ヒーラーの負担を軽んじている。

 ヒーラーは戦闘時、自身も敵の攻撃を躱しながら、軽傷でさえ見逃さないようメンバーの状態を常に把握しておく必要がある。思いのほか疲れる役回りなのだ。


 これは後で必ず注意せねばとプンプンするネネユノだったが、2分ほど経過したところで気が付いた。ファヴは全く怪我をしない。


「えぇ……。全部躱してるじゃん……」


 ひと言で言えばドン引きである。月侯騎士団って怖い。

 この2分、懐中時計を握り締めて突っ立っているだけになってしまった。いや、何かやれと言われた気がするぞと記憶を振り返ったそのとき。


「ユノ!」


 もはや慣れ親しんだとも言える感触がネネユノを運んだ。腰に回されるたくましい腕も、どれだけ汗をかいても常にハーブみたいな爽やかさを湛える体臭も、安心・安全の代名詞である。


「ご、ごめん。ありがとファヴ――え、矢が」


 ファヴの肩に矢が刺さっている。さっきまで怪我ひとつ負っていなかったのに。

 そうだ。弓を持つゴブリンに注意しろと言われていたのだ。ファヴはネネユノに向かって放たれた矢を、身を挺して庇ったに違いない。


 顔から血の気が引いて混乱するばかりのネネユノの目の前で、ファヴは思い切り矢を抜いて笑って見せた。


「ほら、抜いたぞ」

「んんんんん……! ごめん、ちゃんとする!」


 ファヴはネネユノを信じて弓ゴブリンを任せたのである。

 なんとかするという言葉通り、彼自身は怪我ひとつ負わずに魔物を1体ずつ減らしている。彼我の実力をきっちり測っていなければできない芸当だ。なんという観察力か。


 信頼すべき団長の肩の傷を治すと、ネネユノは懐中時計をパチンと開いて弓ゴブリンと対峙した。


「……で、どうすればいいんだっけ?」


 任された以上何かしなければならないはずだが、しかし回復役が何をしろと?

 僧侶を含む治癒士全般に言えることだが、普通は攻撃系の魔法やスキルをひとつやふたつ持っているものだ。それに引き換えネネユノは、粗末なサバイバルナイフと懐中時計しかない。


 以前は魔法の杖の代わりに戦棍(メイス)を持っていたが、それはアカロンに奪われたままである。

 悩むネネユノの視界の真ん中で、弓ゴブリンが矢をつがえた。





お読みいただきありがとうございます!

ではまた明日!

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動くと当たらな……数えられないだろ!
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